しっぽや1(ワン)

□歓迎会
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そんな風に話しながら歩いていたら、あっと言う間にしっぽや事務所の入っているビルに着いた。
ちょうど階段からゲンさんが下りてくるところだった。
「ゲンさん、また長瀞さんとこに行ってたの?
 不動産屋って、ヒマなの?」
そう声をかけると、ゲンさんは俺とカズハさんを見て、何だかギョッとした顔になる。
「え?あ、何つーか、その…」
いつも陽気なゲンさんにしてはオドオドとした態度に、俺とカズハさんは顔を見合わせる。
『俺、そんなにキツい事言った?』
「こんな時期に引っ越す人って、あんまりいないか」
フォローのつもりでそう付け加えるが、ゲンさんの態度は変わらなかった。

「今日の歓迎会、僕と空も参加させていただきます
 いつものお肉屋さんの総菜を買っていくことになりますが」
カズハさんがそう言葉を続けた。
「あ、カズハさん達のミッションって『揚げ物』?」
俺が聞くと
「はい」
カズハさんは笑って答えた。
「持ち寄りパーティーって、好みが出るから食べ物のチョイス考えるよね
 でも楽しそう」
俺とカズハさんの会話を、ゲンさんは赤くなって聞いていた。
『って、何で照れてんの?』
「ちょっと、ゲンさん、どうしたの?
 暑気当たりってやつ?今日、大丈夫?」
少し心配になって聞くと、ゲンさんは
「ああ、若人のナウなチョイスを期待してる
 …つかな、お前等、止めた方が良いぞ」
何だか言い難そうに、そんな事を言う。
「止めるって、何を?」
俺とカズハさんには訳が分からなかった。
「いや、白久と空が言い争ってるというか…
 うん、まあ、とにかくごめん、けっこー聞いちまった」
ゲンさんはボソボソとそう言うと、そそくさと大野原不動産に消えていった。

「言い争ってるって…」
俺とカズハさんは顔を見合わせる。
「だって白久、『最近飼い主が決まった者同士、空とはよく話すようになった』って言ってたのに」
俺とカズハさんは、焦ってしっぽや事務所への階段を上がって行った。
ノックもそこそこに扉を開けると
「荒木!」
「カズハ!」
気配でわかっていたのだろう白久と空が、同時に俺達に呼びかけた。
2人ともニコニコしている。
「やあ、いらっしゃい」
黒谷もいつも通りの挨拶をしてくる。
「あれ?」
その和やかな空気に、俺とカズハさんは拍子抜けしてしまう。

「カズハ、メンチ買ってきてくれたんだね!
 一緒に食べようぜ、今日、仕事休みなんだろ?
 俺、長瀞に教わっておにぎり作ってきたんだ」
空が満面の笑みを向け、近づいてくる。
「私たちはファミレスに行きますか?
 今日から始まるメニュー、荒木、楽しみにしていましたよね」
白久が優しく微笑んでそう言ってくれた。
「あれ?ケンカしてたんじゃないの?」
俺の呟きに
「ケンカ?」
白久も空もキョトンとした瞳を向けてくる。
「ゲンさんがそんなような事を…」
カズハさんがオズオズとそう言うと
「ゲンならさっきまでここにいたぜ」
空が首を傾げながら答えた。
「いや、まあ、何でもないなら良いんだけど?」
釈然としないものを感じながらも
『ケンカじゃないなら別に良いか』
俺は呑気に考えていた。

「あれじゃない?さっき、君たちが言ってたこと」
ふいに、黒谷がそんな事を口にする。
「ああ、あれ?ケンカしてると思われちゃった?」
空が少しばつの悪そうな顔で頭をかいた。
「でもよ、俺は荒木よりカズハの方が断然可愛いと思うんだけどな
 契ってる時とか、凄く可愛い声だすんだぜ?」
「いえいえ、それを言ったら荒木の方が可愛さは上かと思います
 服を脱がせると頬を染めて、潤んだ瞳で見上げてくるのですよ
 触れるとピクリと体を震わせて、優しく名前を呼んでくださって」
「カズハだって、優しく俺のこと呼んでくれるって
 それに、イく時なんか…」

空と白久はとんでもないことを言い始めた。
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