しっぽや1(ワン)

□歓迎会
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side〈ARAKI〉

影森マンションの直通エレベーターの暗証番号が送られるようになってから、俺は朝のメールチェックが楽しくなっていた。
「今日は『甲斐犬』、ってことは、968か」
いつもの暗証番号を知らせる案内とともに、今日はゲンさんからの個人的なメールも入っていた。
『荒木少年、今日の歓迎会、来れるか?
 泊まりでも大丈夫なら、ちゃんと両親に許可もらっておけよ(・∀・)
 荒木・白久組の歓迎会ミッションは「お菓子」♪
 2人で3000円以内(税込み)で、ナウなヤングのセンス光るチョイスを期待してるぜ( ´艸`)
 俺と中川ちゃん用に、つまみになりそうな乾き物も4649!
 8時頃までにうちに来てくれ(*^。^*)
 部屋の階数とか、白久が知ってるからここではあえて語らない(`・ω・´)
 んじゃ、股( ^o^)ノ』
ゲンさんからのメールはいつもどこか浮かれた感じで、俺は返事に困ってしまう。

『わざわざ新規飼い主の歓迎会を開いてくれて、ありがとうございます
 期待に添える物を選べるかわからないけど、事務所の帰りにスーパー寄ってからそっちに行きます』
無難な感じの返事を返し、俺は朝ご飯を食べると、机に向かう。
きちんと夏休みの宿題をするなら泊まりでバイトをしても良い、と親父と約束したのだ。
数学の教科書を開くと、数字で目がチカチカしてくる。
『わかんないとこは…写させてもらおう
 数学と物理に明るいダチがいて良かった』
そう心に決めて問題を解いていくが、半分以上空白になってしまう。
それでも何とか昼前には10ページ分を片づけ、出かける準備をし、バイト先であるしっぽや事務所に向かった。

しっぽや最寄り駅を出て暫く歩くと、見覚えのある後ろ姿を発見する。
俺はその人に小走りに近づき
「こんにちは、カズハさん、今日も暑いですね
 これからペットショップに出勤ですか?」
そう話しかけた。
カズハさんは急に話しかけられて驚いたのか、あたふたし
「あ、あの、ええっと、荒木君?
 こ、こ、こんにちは
 今日は仕事は休みなんだけど、その、空のお昼ご飯にこれを」
モジモジしながら持っていたビニール袋を見せてくれた。
「あそこの肉屋の袋ですね、この時間だし、揚げたて?」
俺が聞くと、カズハさんは嬉しそうに頷いた。

「化生すると人間と同じ物を食べられるから、安心してメンチあげられるよね」
俺の言葉に
「そうですね、パン屋さんでの買い物も安心です」
カズハさんはそう答えた。
「え?犬ってパンあげちゃだめなの?」
俺は少し動揺して聞いてしまった。
小学生の頃、近所の犬に給食の残りのパンをあげたりしていたからだ。
「パンよりチョコレートやレーズン、レモンやタマネギ入りのタルタルソースがだめなんですよ
 それらが入ったパンを食べて体調崩す犬、よくいるんです
 虫歯になるから、本当はパン自体もあまり頻繁にあげない方が良いですね」
カズハさんは優しく教えてくれた。
俺はそんなこと、ちっとも知らなかった。
「カズハさんって、犬のプロだなー
 俺も、もっと犬のこと勉強しなきゃ」
感心する俺に
「僕は子供の頃に犬を飼ってたから、色々本を読んでいたんですよ
 今はペットショップで働いてるから、やっぱり勉強しますしね
 荒木君だって、猫を飼っているんでしょ?
 猫には詳しいんじゃないかな?」
微笑むカズハさんに言われ、俺はドキリとする。

「うーん、そう言われると、きちんと勉強とかしたことないかも…」
改めて考えると、俺の猫に対する知識は親父や母さんからの聞きかじりが多く、クロスケとの生活で培った経験に基づくものしかなかった。
「犬や猫のこと、ちゃんと勉強した方が良いよね」
焦りを覚える俺に
「絶対的にあげてはいけないもの、やってはいけないことがあるから、それはきちんと覚えた方が良いですよ
 接し方としては、犬は群で行動する動物でリーダーに従いたがるので少し毅然とした態度、猫は基本的には単独行動ですが社会性は『母と兄弟』ならありますから、家族として接するとか
 でも、あまり難しく考えないで、色んな人の話を聞いてみるのも良いと思うんです
 同じ種類の犬や猫にも、個体差は凄くあるし」
カズハさんは優しく説明してくれる。
「そうだよね、俺の入ってる黒猫コミュも、猫の性格とか聞くとバラバラだもんな」
カズハさんの言葉は、とてもわかりやすかった。
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