しっぽや1(ワン)

□夏の空 2
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次の日も、俺は樋口に会いに行った。
今度は俺が声をかける前に、向こうが気付いてくれる。
「いらっしゃいませ、今、クリーム出してきますね」
微笑む樋口はとても可愛くて、俺の心臓はドキドキしっぱなしだった。
『ワーイ、ワーイ、クウおじちゃんだー、遊ぼ、遊ぼ!』
ハシャギ狂うクリームは、俺の腕の中で浮かれてもがきまくっていた。
「お前、行儀良くしないと買ってもらえないんだぞ?」
俺がアドバイスしてやっても、まったく聞いてない。
樋口は、そんな俺達を見てニコニコしてくれた。

『もっと、樋口と話したい』
そう思った俺は
「あの、最近ってシベリアンハスキー、入荷しないんですか?」
個人的にも気になっていた事を聞いてみる。
「ああ、ハスキー、一時期多かったんですが今は入らないですね
 今の住宅事情向きじゃない犬種ですし、その…
 あまり躾の入りやすい犬種ではないので、扱いが難しいと言うか…」
樋口の言葉に、俺はショックを受けた。
『俺、バカだと思われてる?』
「……そう、ですか」
ガックリと肩を落とした俺に、樋口は慌てたように話しかけてくる。
「でも、僕は個人的には素晴らしい犬種だと思います
 躾の状態も個体差がありますし、雌なら比較的穏やかで、とても頼りになって優しい子もいます!」
『雌ならって事は、雄はバカなのか…』
俺は何だか、トドメをさされたような気持ちになっていた。

「ハスキー、飼っていた事があるんですか?」
樋口がそっと聞いてくる。
「あ、ああ、まあ、昔ちょっと…」
『自分がハスキーでした(しかも雄)』
俺がオドオドと答えると
「僕もです!僕も子供の頃、飼ってた事があるんですよ!
 ハスキーって、言われてる程、躾入りにくくないですよね
 雌だったせいかな?
 僕のこと子供だと思ってたのか、いつも守ってくれて
 僕、何て言うか、虐められっ子だったから、彼女と一緒じゃないと外にも出れなかったんです
 彼女が死んでから、ちょっと不登校になっちゃったりして
 あっと、すいません、お客様に個人的な話しちゃって」
樋口は一気に言い放った後、慌てて口をつぐんだ。
『樋口はハスキー好きなんだ!』
それだけで、俺の気持ちは明るくなった。
「そう、そうなんすよ!
 あいつらは頼りになって、賢くて、人生のパートナーってやつに相応しい存在です!」
俺は少しオーバーにそう言ってみる。
樋口は笑ってくれた。

「ああ、そう言えば空さんの髪の色って、ちょっとハスキーみたいですね
 どうやって染めてるんですか?
 腕の良い美容師さんにやってもらってるんですね
 ここの、灰色と白の混ざり具合とか、とても良く再現されてますよ」
樋口に優しく髪を触られると、それだけで俺の体中に電気が走ったような痺れが広がった。
『もっと触って欲しい、俺も触りたい』
明らかに、俺は樋口に対して発情していた。
しかし、ここで押し倒してしまうのがヤバい事であるくらい、俺にもわかっている。

彼を抱き締めたい想いをこらえ
「自分で適当に染めてたら、上手くいったんすよ
 ハスキーヘア、これ、トレンディーだと思いません?」
そう言う俺に、樋口はまた優しい微笑みを見せてくれた。
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