しっぽや1(ワン)

□夏の空 1
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店を出て暑い道を歩きながら、俺達はしっぽや事務所に移動する。
「俺、さっきの『樋口』って人に飼ってもらいたい
 どうすれば良いのかな?また、こっちに来ても良い?」
そう言ってみると子猫の離乳食の事をブツブツ呟いていた兄貴は俺を見て、口をポカンと開けた。
「お、おま、え…?は…?」
兄貴は金魚みたいに口をパクパク動かして、意味のない言葉を発している。
「いや、事務所で飼い主がいる奴に聞いてみるよ…」
こんなに頼りない兄貴を見るのは、初めてだった…

事務所で、白久、羽生、長瀞をつかまえて話を聞いてみても、俺はどうすれば樋口に飼ってもらえるようになるか、見当もつかなかった。
「『飼ってくれ』って言葉、人前で言っちゃダメだよ
 2人っきりで落ち着ける場所で、キチンと説明しながら言わないと危ない人だと思われるからね」
荒木のアドバイスは、為になるものだった。
「え?荒木…それでは初めてここで会った時、私の事を『危ない人』だと?」
白久はショックを受けているようであったが
「いや、でも、白久は凄い優しくて頼りになったから」
荒木は巧みにそれを慰めていた。
『俺も、あんな風に樋口にかまってもらいたい』
俺には白久と荒木がとても羨ましかった。

「ああ、はい、そうなんです、自分から『飼って欲しい』と
 ……はい、……はい」
兄貴は所長机の上の電話を借りて、三峰様に報告を入れていた。
「え?黒谷に?少々お待ちください
 黒谷、三峰様がお主と話したいそうだ」
兄貴に受話器を差し出された黒谷は怪訝な顔でそれを受け取った。
「はい、代わりました、黒谷です
 ……………え?ちょっと、それはないでしょ?
 何でいつも僕ばっかり
 羽生の時だって、そうだったじゃないですか
 あ、ちょ、三峰様?
 三峰様ーー?!」
黒谷は呆然と受話器を見つめている。
ツーツーツーと音がするため、もう切れているようだ。

「空、三峰様が今日から1週間程お暇をくださったぞ
 『黒谷のところに居候しながら、その方と親交を深めなさい』と言うことだ
 と言うわけで、黒谷、空の面倒よろしくな」
兄貴は何故か嬉しそうな顔でそう言った。
「このバカ犬と1週間…」
黒谷は憔悴しきった顔で呟いている。
「黒谷の旦那、よろしくな!
 あー、もう、俺、どうすれば良いんだろ?
 とにかく、明日も店に行ってみっか!
 えっと、『飼ってくれ』って人前で言っちゃいけないんだよな
 野蛮な外飼いとは違うってとこを見せてやるぜ!
 どうやって誘えばトレンディーかな?
 よし!ゲンにも色々アドバイスしてもらうか!」
俺はこの後の1週間を思い、とんでもなくワクワクするのであった。


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