しっぽや1(ワン)

□夏への扉
2ページ/8ページ

俺は、手の中で動いている子猫から目が離せなくなっていた。
それは真っ黒い子猫で、長毛種の血でも入っているのか、産毛が長い。
手の中で動きながら、しきりに匂いを嗅いでいるところをみると、お腹が空いているようであった。
『確かに、これは放っておけない…』
俺は波久礼の意見に激しく同意する。

「あいつは以前の飼い主がやってたみたいに『ある程度育てて里子に出す』とか言ってるけどさ
 里親を探すつてなんて無いし、波久礼はあれでも武州(ぶしゅう)の要だから、三峰様の警護から長期離れる訳にはいかないんだ
 波久礼と一緒にいるの、子猫にはちょっと危険なんだよね」
黒谷は難しい顔をして、腕を組んだ。
しかしすぐにハッとした顔になり
「あ…、そっか、荒木、また飼い主探し依頼して良い?
 依頼料は波久礼に払わせるからさ
 人間が探した方が、良い飼い主が見つかるんじゃないかな〜、なんて」
伺いを立てるように俺を見つめてくる。
俺は手の中で動く、柔らかで温かな感触に心を決めていた。

「うん、実は飼い主のあてがあるんだ
 俺の親父、クロスケが死んでからウザイ事になっててさー
 自分で黒い靴下脱ぎ散らかしておいたのにクロスケと間違えて、それに話し掛けたりすんの
 で、『そっか、もう居ないんだ』とか言ってメソメソ泣いてんだよ
 完璧な『ペットロス症候群』ってやつ
 こいつ、きっとそれを癒やしてくれるよ」
俺は、小さな子猫の頭を指先でソッと撫でた。
「ミイイイ」
子猫はまた、大きな声で泣く。
「小さいけど元気は良さそうだし、クロスケもこれくらいの時期に親父が拾ってきて育てたから大丈夫だと思う
 うち、俺の赤ん坊の時の写真より、チビだったクロスケの写真の方が多いんだ」
俺は苦笑気味にそう言った。
「荒木の家に行くなら安心だ
 シロが焼き餅焼きそうだけど」
黒谷はそう言うと、ニヤリと笑った。

ドダダダダダッ

階段を上がるやかましい足音が聞こえ、バンッと事務所の扉が乱暴に開かれる。
思った通り、息を切らせた波久礼が姿を現した。
「足りない物は帰りに買うとして、とりあえずミルクとほ乳瓶を買ってきた
 黒谷、お湯を分けてもらうぞ」
波久礼はビニール袋をガサガサさせながら、所員控え室に消えていく。
「はいはい」
黒谷が適当な感じで返事をした。

『波久礼に作れるのかな…』
俺は少し不安になったが、波久礼はキチンとミルクを作り、馴れた仕草で子猫にそれを飲ませ始める。
「へー、上手いもんだね」
俺は波久礼の手元を覗き込み、感心してそう言った。
「あのお方、っと、私の化生直前の飼い主が、よくやっていた事なのです
 中川先生の授業を何度か受けたのでミルクの説明書も読めたし、一応、これを買った店の人にも作り方を教わってきました」
波久礼は生真面目にそう答え
「この子はミルクを吸う力が強いし、キチンと育ちそうですね」
子猫を見つめて優しい顔を見せた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ