しっぽや1(ワン)

□初バイト
3ページ/4ページ

食べ終わると、今度はスーパーに買い物に行く。
さすがに買い物は日常的に行っているため、俺が教える事は何もない。
白久は慣れた様子で、お茶菓子を選んでいた。
「やっぱり白久は和風な物が好きなのかな?」
羊羹を選んでいる白久にそう聞いてみると
「好きと言うか…私はあのお方が食べていたような物を真似ているだけです
 あの方はお茶を飲まれる際、庭にいた私にいつもお菓子を分けてくれたのです
 それが懐かしくて、頂いた事のある物に似た物を選んでいるのですよ」
白久は少し寂しそうに答えた。
『あのお方』と言うのは、白久の元の飼い主だ。
俺はそれを聞いて、胸の中にモヤモヤした思いが広がっていった。

「荒木はいつも、どのような物を召し上がってますか?」
不意に白久に尋ねられて、俺はそのモヤモヤの正体を掴む前に現実に引き戻された。
「え?うーん、ポテチの季節限定が出ると、つい買っちゃうかな
 後、冬はチョコ、夏はアイスとか」
「ポテチ?それはどの辺に置いてありますか?
 せっかく荒木と一緒に買い物をしているので、買って食べてみたいです」
白久が嬉しそうに言うので、俺も嬉しくなってくる。
「季節限定は、端の方に積んであったりするんだ
 今だと、何が出てるかなー」
俺達は、揃ってスーパーの中を物色して回った。
それもまた、とても楽しい時間であった。


買い物を終え、荷物を置きに事務所に戻ると
「お疲れ様、今日はもう上がって良いよ」
黒谷にそう言われ、俺は拍子抜けしてしまう。
「え?仕事って、これだけ?」
戸惑う俺に
「何だったら、そのワンコをグルーミングしといて
 ブラッシングとか、シャンプーとかさ」
黒谷はニヤニヤしながら言った。
「シャンプーって…」
俺は、顔が赤くなるのを自覚する。
「荒木、私は自分でシャンプー出来ますから」
白久が慌てて言うと、黒谷が可笑しそうに笑った。


事務所を後にし、俺達は白久の部屋に向かう。
白久の部屋に入るのは、久しぶりだった。
視線を巡らせると、つい、ベッドに目が止まってしまう。
『あそこで、白久と…』
先週の事を思い出して、俺は急に恥ずかしくなった。
「何か召し上がりますか?」
白久が優しく聞いてくれる。
「ううん、まだお腹空いてないよ」
そう答えた俺に、白久は冷えた麦茶を出してくれた。

「白久って、和風な感じなのに、置いてある物は最新式なんだね」
部屋を見回しながら聞くと
「ここの家具や家電は、入居当時から用意されていたものです
 最初は使い勝手がわからず、難儀しました」
白久は苦笑して答える。
『それで最初に来た時、無個性な部屋だと思ったのか
 何か、置いてある物、TVで見たことあるウィークリーマンションの備品みたいだもんな』
俺は納得していた。
「人を模してはいても、なかなか上手くはとけ込めませんね
 財を成された化生の方に援助していただいているため、このような暮らしが出来るのです」
苦笑気味に微笑む白久を見ていると、もっと白久の事が知りたくなってくる。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ