しっぽや4(アラシ)

□虹
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ファミレスを出ると映画館に移動するため駅に向かう。
「今なら夕方からの上映に間に合うな
 少し時間あるから、お店とかも見て回れるよ」
俺はスマホで上映時間を確認しながらそう話しかける。
「はい」
白久は頼もしそうな顔で俺のことを見ていた。

映画館はショッピングモールの中に併設されているので、時間をつぶす場所には事欠かない。
先にチケットを買うと、俺達はお店をあちこち見て回った。
「並ばずに映画が見れるのですか
 便利な世の中になったものですね
 映画を見るために何時間も並ぶ、というニュースを見てから、絶対に映画館になんて行きたくないとクロと話したことがありました
 私達にはそこまでして見たい映画は無かったので」
白久が感心したように言うので、俺は可笑しくなる。
「白久、親父と同じ事言ってる
 未だに『見た映画より、外で並んでた時間の方が長かった』とかブツブツ言うんだ」
俺の知らない時代を生きてきた白久。
白久の孤独を埋めるため、俺はもっともっと白久のことが知りたくなったし、白久にも俺を知って欲しかった。

「あ、あれ白久に似合いそう」
ふと、店先に置いてあった帽子に目が止まる。
「白久、ちょっと被ってみて」
俺の命令に、白久はすぐに従った。
「うん、やっぱ、今日の格好に似合う
 それ買ってあげるから、俺と出掛けるときは被ってね
 普段の業務中は被っちゃダメだよ、スーツには合わないから」
俺が言うと
「荒木にお金を使わせる訳にはまいりません
 今回の費用は、全て私に払わせてください」
白久が慌てて財布を出そうとする。
「ランチも、映画のチケットもお金出してくれたじゃん
 これは俺からのプレゼントにしたいから良いの
 付き合ってくれてありがとう
 そのかわり、白久は帽子を被った格好いいワンコの姿をプレゼントして
 犬ってさ、帽子被せるとクールに見えるんだよね」
俺は笑って白久の動作を手で制した。
「かしこまりました」
白久は素直に引き下がり
「荒木、ありがとうございます」
嬉しそうに微笑んだ。

すぐに使いたいからと、帽子の会計を済ませた後その場で値札を取ってもらう。
帽子を被り髪の色が隠れると、白久は普通に格好いいお兄さんに見える。
以前ゲンさんが
『化生ってのは動物に好意を持ってる人間以外が見ても、あまり特異な存在に写らないみてーだぜ
 動物好きな奴も「まあ、キレイ!でもうちの子の方がもっとキレイ!」としか思わないみたいで、ナガト連れ歩いても騒がれて人だかりが出来た事ねーし』
と少し不満げに言っていた。
そう言われると、俺も初めて長瀞さんを見たときは神秘的な感じに驚いたが、すぐに白久の方がキレイだと印象が変わっていた。
羽生を黒猫コミュのオフ会に連れて行ったときも、皆、すんなり受け入れてくれていた事を思い出す。
『化生って、不思議だ…』
犬のことはカズハさんに色々教わった。
今度は化生のことをゲンさんに教わりたい、と俺は改めて感じるのであった。

映画を見終わった後、喫茶店で一休みする。
「面白かった?話とかわかった?
 TVでやってたシリーズだけど、映画用に単独で見れる作りになってたんだ」
それは、猫の好きな侍の映画であった。
「はい、面白い話でした
 あのお侍さん、何だか波久礼のようでしたね」
悪戯っぽく笑う白久の言葉に、俺は思わず吹き出してしまった。
「ちょっと厳つくて真面目一辺倒そうなのに猫バカ…確かに!」
上手い例えを上げる白久に、俺は『楽しんでくれたみたいだ』とホッとする。

「初めて映画館で見た映画が荒木と一緒に行けたもので、楽しいお話で、本当に嬉しいです
 また、荒木と一緒に『初めての楽しい体験』が出来ました」
嬉しそうに微笑む白久に、俺は胸が熱くなる。
「これからも、いくらだって初めての体験を2人でしていけるよ
 次は『初めて白久のリードでお店に行く』だね
 どんなとこだろ、楽しみ」
俺はへヘッと笑ってみせた。
「気に入っていただけるか、ドキドキしてきました」
白久はとたんに緊張した面もちになる。
「じゃ、そろそろ移動しようか」
俺の言葉に
「はい!」
白久は緊張した顔のまま答えるのであった。
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