しっぽや4(アラシ)

□虹
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「日野の時みたく、クロスケがカシスのこと動かしてるんじゃないの?」
白久に見てもらいたかったのは、まさにその事なのだ。
「あのお方が日野様になさったことは『憑依(ひょうい)』です
 己の欲望を満たすため、相手の体や心の負担を省みず使役する
 そんなところでしょうか」
白久は辛そうな顔でそう言った。
「クロスケ殿とこの元の子猫は、共に生きることに同意しています
 魂を『融合(ゆうごう)』させているのです
 すでに今はどちらの生でもなく『カシス』として生きているのですよ
 だから荒木、この方のことはクロスケ殿としてではなく、『カシス』として可愛がってあげてください」
白久にそう言われ、俺は素直に頷いた。
「うん、何となくわかる気がするよ…
 そっか、カシスはカシスなんだね
 子猫と暮らすの初めてだから、新鮮で楽しいんだ
 だって、クロスケが子猫だった時、俺は赤ちゃんだったからさ」
俺は部屋に常備してある猫じゃらしを取り出した。
「クロスケは、これでこんなに激しく遊ばなかったもんな」
そう言いながらベッドの下に向かい、猫じゃらしを激しく動かして見せた。
それでもカシスは出てこない。

俺は、猫じゃらしをクッションの下に突っ込んで先端だけ見せるようにして、クネクネ動かしてやる。
動かしている部分をスッと引っ込めると、たまらずカシスが飛び出してきてクッションの下に前足を入れた。
激しくクッションの下を探し始めるカシスに
「お元気そうですね」
白久が優しく微笑みかけた。
「元気すぎだよ、子猫の体力って無尽蔵!
 家に来たばかりの頃は、こんなに激しく遊ばなかったのにさ
 日に日に体力ついてくるし、もう片手じゃ持ち上げられないよ
 波久礼のポケットに入れて運ぶなんて無理だし」
猫じゃらしを発見し、一人遊びを始めたカシスに俺は苦笑する。

「カシス君は、夜はこの部屋で荒木と一緒に寝ているのでしょうか」
白久が躊躇いがちにそう聞いてきた。
「羨ましい?」
俺が少し意地悪く聞くと
「………はい」
白久は恥入るように小さな声でそう答えた。
俺はその答えに満足する。
「こいつ、昼間は俺のベッドで一人で寝てるけど、夜は親父のとこ行っちゃうから一緒に寝たことないんだ
 クロスケもそうだったから、俺と一緒に夜に寝たことあるの、白久だけだよ」
その答えに白久は驚いた顔を見せるが、それはすぐに嬉しそうな表情に変わる。
「私だけ…」
かみしめるように言う白久に
「うん、白久だけ」
俺はそっとキスをした。

その後、白久と2人で猫じゃらしでカシスと遊んでやった。
カシスの動きが鈍くなり、ウトウトし始めた頃を見計らって、俺と白久は家を後にする。
「こないだ近所に中華系のファミレス出来たんだ
 ランチはそこに行こう
 その後、映画でも見に行こうと思ってるけど…
 白久、映画なんて見るかな?」
先に立って歩きながら、俺はそう聞いてみた。
「映画やドラマは日頃ほとんど見ませんが…
 ハチ公殿やタロー殿、ジロー殿の映画は以前TVで見たことがあります」
白久は生真面目にそう答える。
「あ、それなら俺も子供の頃、親父の持ってたビデオで見たな
 でも一緒に見てると、親父が泣き出すから鬱陶しくて」
俺は肩を竦めて見せた。
「動物が出てる映画ならわかる?
 見たいと思ってたけど、友達と行くのは恥ずかしいかな、と思ってたやつがあるからそれにしたいんだけど」
俺の言葉に
「はい!荒木のお望みのままに」
白久は笑顔で答えてくれた。

ファミレスでランチを食べていると
「こんな時、本当は私がリードした方がよろしいのでしょうか
 空が『デートの時はきちんとエスコート出来ないとダメだって、あのお方がよく言ってた』と言うものですから」
白久がオドオドと聞いてきた。
「良いんだよ、散歩のルートは飼い主が決めないと『牽制症候群』になる、ってカズハさんが言ってたし
 白久は俺に付いてくれば良いの」
俺は笑ってそう答える。
「荒木の行く所になら、どこへでもお供します」
白久は、かしこまって答えた後
「でも、ディナーを食べられるお店を空に教えてもらってあるのです
 よろしければ、今夜はそこで夕飯にしませんか
 影森マンションから歩いていける所にある店ですので」
躊躇いがちにそんな事を言い出した。

俺は白久がお店を調べておいてくれるなんて思いもしなかったので、ビックリしてしまう。
その驚きは、すぐに喜びに変わっていった。
「うん、白久が選んでくれたお店に行ってみたい」
ワクワクしながらそう答え
『やっぱり俺は、カズハさんみたいに犬をリード出来ないや』
心の中でそう苦笑するのであった。
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