しっぽや4(アラシ)

□虹
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side〈ARAKI〉

日野の騒動の後、俺の頼み通り白久は黒谷から3日間の夏休みをもらってくれた。
そしてその間は、俺の代わりに日野がしっぽやでバイトすることになっている。
「体調は良くなったけど、夏休み中は部活出ない事にしたんだ
 さすがに今からじゃ、秋の大会までに調整間に合わないし
 それに、少しでも黒谷と一緒にいたいしさ
 お前は、白久と楽しんでこいよ
 宿題終わったから、気が楽だろ?」
物理の宿題を写させてもらった後、日野はそう言って悪戯っぽく笑っていた。
「まーな、泊まりになっても親に大きな顔出来るし、自分も気が楽だしさ
 お前と友達で良かったよ」
俺も笑ってそう答える。
「そりゃ、こっちのセリフだって
 俺、あんなことしちゃったのに…
 荒木、お前って強い奴だったんだな
 正直、すげー見直した」
日野に感心したような顔を向けられ、俺はちょっと照れくさい気持ちになった。
「俺が強いとしたら、白久が居てくれるおかげだよ」
誇らしい思いで言う俺に
「何だよ、盛大にノロケやがって」
日野がからかうような言葉をかけた。

「それより、白久より黒谷の方が老けて見えるんだから気を付けろよ?
 お前みたいに中坊に見える奴とオジサンが並んで歩いてたら、黒谷が犯罪者みたいに見えるんだからさ」
俺も負けじと言い返す。
「顔のことはお前に言われたくない…
 お前だって、どう見ても中坊じゃん」
日野は憮然とした表情で言う。
「第一、黒谷は老けてるんじゃなくて、貫禄があるの、凄く頼れる感じだろ
 なのに、あれで甘いもの好きだったりして、可愛いとこあるんだぜ」
得意そうな日野に
「白久だってあんなに大きいのにクリーム系好きだし、寿司はサビヌキじゃないとダメで可愛いんだからな」
俺もつい言い返してしまう。
そんな事を言い合って、俺達は顔を見合わせて笑ってしまった。
「なんか俺達、親ばか全開だな」
日野は照れた顔で頭をかいた。
「うん、でもたまにカズハさんにはかなわないって思うときがある」
俺が苦笑して言うと
「ああ、空を『癒し系』とか言ってるし
 あの人、マニアックだよな」
日野も考え込む顔をして言った。
きっと、カズハさんのハスキーマニアっぷりを体験しているのだろう。
日野とこんな風に笑い合える日々が戻ってきて、俺は本当に嬉しかった。


白久の夏休み初日、昼前に家に迎えに来てもらうことになっていた。
共働きの両親は、既に仕事に出掛けている。
俺はソワソワしながら白久の到着を待っていた。

ピンポーン

チャイムが鳴ると、俺は2階の部屋から駆けだして慌てて玄関に向かう。
ドアを開けると緊張した面もちの白久が立っていた。
俺と一緒に買いに行ったカジュアルな服を着ているので、いつもの白スーツより神秘的な感じは薄らいでいる。
「いらっしゃい」
俺が招き入れると
「お邪魔します」
白久がぎこちなく家に上がり込んだ。
俺の部屋に案内してクッションに座らせる。
この日のために、少しは部屋を見られる状態に片づけていた。

「今、麦茶持ってくるね」
そう言って部屋を後にする。
『すぐランチに行くし、お菓子とかいらないよな』
そんな事を考えながら部屋に戻ると、白久はキョロキョロと部屋の中を見渡していた。
「ここが、荒木のお部屋なのですね」
白久が嬉しそうに話しかけてくる。
「うん、散らかっててごめん
 これでも少しは掃除したんだけど」
いつも整然としている白久の部屋に比べると、ゴチャゴチャしている感じは否めない。
「いえ、荒木のプライベートな空間に入れていただいて、とても嬉しいです」
ハニカんだ笑顔の白久は、とても可愛かった。

「わざわざ来てくれて、ありがとう
 ちょっとカシスを見てもらいたくてさ
 って、さっきのチャイムでベッド下に籠城しちゃったけど」
俺がのぞき込むとベッド下の奥から赤銅色の瞳が見つめ返してくるが、出てくる気配は見せなかった。
「カシス、忘れちゃったの?白久だよ?
 クロスケんとき、お世話になっただろ?」
俺がため息をつくと
「この方はもう、クロスケ殿ではありませんよ」
白久が優しくそう言った。

「え?何で?あれ?成仏しちゃったの?」
焦る俺に
「この方はもう『カシス』です」
白久はきっぱりと口にした。
「名を与えられ、新たな家族と暮らし始めた
 この子は元の子猫、クロスケ殿、それらの関係なく今は『カシス』と言う存在になっているのですよ
 クロスケ殿の意識は、この家にたどり着くまで保てていれば十分だったので、もう顕在意識には浮かんできていないのです
 カシス君には馴染みのない私という犬の存在に、不安を覚えているようですね」
白久も一緒になってベッドの下をのぞき込むと、カシスは後ずさりして壁にピッタリと背をつけてしまった。
「こんな時、波久礼なら上手く子猫の気をひけるんですけどね」
体を起こした白久は、そう言って苦笑した。
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