しっぽや4(アラシ)

□快晴
2ページ/3ページ

黒谷の部屋には、白久の部屋のように壁にカレンダーがかかっていなかった。
そのかわり、日めくりが置いてある。
俺の視線に気が付いた黒谷が
「もう、貴方に会えない日々を破り捨てる必要はありません
 あの日めくりは、永遠にあのままです」
そう、苦笑する。
「俺が死んでから、何年経った…」
怖々と問いかける俺に
「そうですね、70年近いでしょうか」
黒谷はその長い月日を口にした。
「70年…そんなに長い時間を一人にしてしまったんだね
 俺は酷い命令をして、勝手に死んだ嫌な奴だ…」
黒谷の孤独の時間を考えると、泣きそうになってしまう。
「いいえ、貴方は帰ってきてくださった
 それに貴方が亡くなったのは『お国のため』ですよ」
そう言われても、戦争に関係する記憶は殆ど思い出せない。
ただ、絶望だけを覚えていた。

「過去世の記憶など、覚えていなくとも良いのです
 これからいくらでも、僕たちの記憶を築いていけますから」
黒谷はそう言って、ソッと唇を合わせてくれた。
「お眠りください、まだ日野の体は疲れています」
優しいその言葉が嬉しかった。
しかし俺は、密着している黒谷の肉体の変化に気が付いていた。
「うん、でも、黒谷としたい」
俺はそう言うと、黒谷の中心に触れてみる。
そこは既に固くなっていた。
「日野…」
黒谷は困ったような、恥じたような顔を向けてくる。
「命令しなきゃ、抱いてくれない?」
笑いながら聞く俺に
「あまり、無理はしないでくださいね」
黒谷はそう言うと熱く唇を合わせてきた。

黒谷の舌が首筋をたどり、鎖骨をそっと噛む。
シャツのボタンが全て外されると、それ以外何も身につけていなかった俺の体がむき出しになる。
俺の中心も、とっくに固くなっていた。
「黒谷…、黒谷…」
優しいのに情熱的な愛撫をしてくれる黒谷の名を呼ぶと
「日野…、僕の愛しい飼い主
 再び、帰ってきてくださるなんて」
目に涙をにじませて、熱く俺を見つめてくれる。
記憶の中の黒谷より歳をとっていたが、その体は若々しいままだった。
お互いに対する想いが高まっていた俺たちは、何度も何度もつながり合った。
会えなかった時間を埋めるように、熱い想いを解放し合ったのだ。

行為の後、黒谷に抱かれながら俺はこの上ない幸せを感じると共に、負い目も感じ始めていた。
「前もそうだったけど、黒谷が初めてじゃなくてごめんね…」
きっと、荒木は白久との行為が初めてだったはずだ。
俺はまた、荒木のことが羨ましくなってしまう。
「そのようなこと気になさらずとも、僕の貴方に対する想いは変わりません」
黒谷がそっと、俺の髪に口付ける。
「うん…、でも、俺…
 黒谷が初めてなら良かったのに」
涙が出そうになって、俺は黒谷の胸に顔を押しつけた。
部室で、玩具みたいに扱われていた自分が蘇る。
「俺、部活辞めて、しっぽやでバイトしようかな…」
半ば本気で言った俺の呟きに
「うちでバイトしてくださるのは大歓迎ですが
 クラブ活動、辞めてしまってもよろしいのですか
 うちへ来るのは活動のない日だけでも構わないのですよ」
黒谷が優しく聞いてきた。
走ることは好きだし、コーチにフォームを見てもらえるのはとても勉強になる。
部員全員が俺のことイヤラシい目で見ている訳でもないし、部内に気の合う友達だっている。
「あいつらさえ、何とか出来れば」
考え込む俺に
「僕では力になれませんか?
 貴方をお守りしたいのです」
黒谷が真剣な顔で俺の目をのぞき込んできた。
『黒谷にあいつらを脅してもらうとか…
 いや、黒谷の顔じゃ品が良いし、格好良すぎて脅せない
 もっと柄が悪そうな人じゃないと』
思い返してみても、ゲンさんは論外だし、白久や髪の長い白髪の人じゃ優しそうで頼りないことに気が付いた。
「さっき居た背が高くて、外人みたいな人も化生?
 あの人に協力してもらえないかな
 ちょっと、迫力ある人に手伝って欲しいんだ」
俺が頼むと
「波久礼は明日には帰ってしまいますが、迫力あると言えば…
 まあ、いなくもありません
 ご自由にお使いください」
黒谷はニッコリ笑ってくれた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ