しっぽや4(アラシ)

□一過
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「でも、空にそう言われて、僕は自分の中の暗い想いに気が付いてしまったんです…
 僕も…僕もね…同じだったんです…」
カズハさんは震える声で話を続ける。
「空という存在を知った時から、エレノアが…以前の飼い犬が化生しているんじゃないかと期待していたんです
 僕を守るために、彼女が再び僕の前に現れてくれるんじゃないかと、期待していたんです」
カズハさんの目から、涙がこぼれ落ちた。
「空が、空がいるのに、心のどこかでエレノアを求めていた
 新しい飼い犬がいるのに、以前の飼い犬が恋しくて…
 空のこと好きなのに…愛してるのに…
 僕は…」
その後は言葉にならなかった。

嗚咽を漏らすカズハさんに、俺は何と言って良いかわからず呆然とするばかりだった。
「ごめんね…荒木君を慰めようと思って来てもらったのに…
 僕がグチっちゃって…
 本当…格好悪いな…」
カズハさんは涙を拭って、ションボリと俯いた。
しかしそんなカズハさんを見ても、俺の中の思いは変わらなかった。

「それでも…、カズハさんは俺の憧れです」
俺の言葉にカズハさんは驚いた顔を見せる。
「だってカズハさん、いつだって空を安心させるよう振る舞ってるじゃないですか
 空、カズハさんといるといつも楽しそうで
 あんなに大きいのに、全身で甘えててさ
 カズハさんは、きちんとそれを受け止めてた」
自分の言葉に、俺はゲンさんに言われたことを思い出していた。
『白久にあの笑顔をもたらしてくれた奴が、飼い主の資格を失うなんてあり得ないんだ!』
俺を慰めるための言葉だと思っていたが、あれはゲンさんの本心なんだと今更ながらに気が付いた。

「空を見てれば、どれだけ愛されている自信に満ちあふれてるかわかりますよ
 空とカズハさんは、お互い必要な存在です
 誰かの代わりじゃない」
その後の言葉を、俺は自分と白久にも向けて口にする。
「まだまだ先は長いんです
 ゆっくりと、お互いの関係を築いていけばいい」
これもゲンさんに言われたことであるが、俺は改めて自分の口からカズハさんと俺自身に向けて言ってみた。

カズハさんは泣き笑いの顔で
「荒木君は、強いですね
 僕と空の関係…か
 うん、築いていけたら良いな
 あーあ、僕の方が年上なのに慰めてもらって
 ダメだな〜」
そう言って頭をかいた。
「僕も荒木君を見習って、もっと強くならなきゃね」
カズハさんは優しく微笑んでくれる。
俺たちは何となくお互い見つめ合って、照れ笑いを浮かべてしまう。
「何だか隣の芝生は青い、って感じですね
 人のことは羨ましく見える」
俺が笑いながら言うと、カズハさんも笑ってくれた。

そんな俺たちの間に着メロが流れ出す。
それは白久からのメール受信の曲だったので
「すいません、ちょっといいですか?」
俺は慌ててカバンからスマホを取り出した。
「あれ、僕もだ」
ほとんど同時にカズハさんのカバンからも着メロが流れていた。
2人でメールを確認する。
白久からのメールは、こっちに来ているのなら、今日は空と一緒に夕飯を食べていかないかというものであった。
カズハさんのメールは黒谷からで、ミイちゃんが帰る前にカズハさんに挨拶したいので、事務所に来て欲しいといった内容だった。
俺はミイちゃんにきちんとお礼を言ってなかったので、一緒に行くことにする。

「三峰様…空から話は聞いているけど、まだお会いしたことがなくて
 日本狼の化生なんですよね」
カズハさんがゴクリと唾を飲んで神妙な顔で聞いてくる。
「うん、俺よりうんと年上だけど、見た目は髪が長くて可愛い女の子だよ
 あ、ミイちゃんに歳のことは言わない方が良いからね」
俺は以前、波久礼が肘鉄を食らった姿を思い出し注意する。
「わかりました」
カズハさんはオドオドと頷いた。

それから俺はカズハさんに、犬について色んな事を教えてもらう。
白久との今後にどう生かせるかわからないけど、とても為になる有意義な時間だった。
そして、カズハさんがもの凄いハスキーマニアだと判明する…
『空とカズハさんって、本当にお似合いだ』
たとえお互いの中に違う相手を見ていようと、2人がかけがえのない関係になるのは時間の問題に思われた。
俺と白久も早くそうなりたいな、と強く思った。
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