しっぽや4(アラシ)

□一過
1ページ/5ページ

side〈ARAKI〉

すっかり習慣になった朝のメールチェック。
日野が正気を取り戻してくれた翌日、暗証番号を知らせるメール以外に1件、化生の飼い主からのメールが届いていた。
『また、ゲンさんかな?
 日野との騒動のことで何かあったのかも』
しかしフォルダを開くと、それはカズハさんからのものであった。
歓迎会の時にアドレスを交換していたものの、何だか色々あって俺から連絡する事は無かったのだ。
何だろうと思いながらメールを開くと
『こんにちは、樋口一葉です
 空から白久の話を聞きました
 荒木君、大丈夫ですか?
 その…僕でよければ少し話をしませんか?
 今日はバイトの日でしょうか?
 空が部屋を貸してくれるので、よければバイトの後にでも寄ってもらえると嬉しいです
 それと、お店で在庫整理のためキトンフードが半額で出ます
 賞味期限に余裕があるので、かなりお買い得ですよ
 よければ店に寄ってください
 僕は今日はお昼までのシフトなので、午後から空いてます
 よければ、返信ください
 それでは取り急ぎ失礼します』
それはカズハさんらしい、誠実な内容だった。
『「よければ」が多いなー』
年下の俺に、オドオドしながらメールしてくれたのがよくわかる文章だった。
空から白久の話をどこまで聞いたのかわからないけど、俺のことを心配してくれているのだろう。

『メールありがとうございます
 今日はバイトは休みだけど、キトンフード欲しいのでお店に行きます
 カシスは食欲旺盛で、お爺ちゃんだったクロスケよりフードの減りが早いから半額はありがたいです
 シフトが昼までなら、一緒にランチしませんか?
 12時頃、お店に行ってみますね』
そう返事をすると
『休みの日にわざわざこちらに出てきてもらって、すいません
 フードは少しキープしておきます』
すぐにそんな返事が来た。
『律儀だなー』
今までまったく付き合いの無かった人と知り合えて気遣ってもらえる今の状況が、少し不思議に感じられた。

カズハさんの働くペットショップには12時過ぎに着いた。
フードや首輪を見て回っていると、私服に着替えているカズハさんが声をかけてくる。
「荒木君、このメーカーのキトンフード、カシス君食べるかな?」
カズハさんの抱えていた物は、いつもカシスが食べている物だった。
「はい、食べます!3袋くらい欲しいけど、在庫ありますか?」
俺が答えると
「うん、在庫はまだ少しあるから大丈夫ですよ」
カズハさんは在庫を取りに行ってくれる。
買い物を済ませ、両手に荷物を持ちながら俺たちは影森マンションに向かう。
カズハさんは、あえて白久の話題を持ち出さず、移動中はお昼に何を食べるかという話に終始した。

部屋に着くと、カズハさんがパスタとサラダを作ってくれた。
出来上がるのを待ちながら、俺は部屋を見回した。
リビングのそこかしこに、ハスキーの写真が飾ってある。
「これ、まさか生前の空?」
俺が声をかけると
「いえ、僕が子供の頃飼ってたハスキー『エレノア』です
 空が、この部屋のインテリアに相応しいからって、額に入れてくれて
 優しそうな美人でしょ?」
カズハさんはニコニコしながら答えてくれる。
俺には美人と言うより『迫力のあるハンサム』に見えたが
「可愛いですね」
そう答えておいた。

パスタを食べて、食後にカフェオレを飲みながら
「あの、白久の話、どこまで聞いてますか?」
俺はドキドキしながら聞いてみる。
「白久の前の飼い主が転生して現れて
 その、白久と…契ったって…」
カズハさんは、少し言いにくそうに答えた。
「あれ、実は白久の飼い主じゃなくて、黒谷の飼い主の転生だったんですよ
 ちょっと、間に色々あって
 何て言えばいいんだろ
 俺も、未だにどう受け止めて良いかよくわかってないけど」
俺は苦笑しながらそう言った。
カズハさんも、少し困ったように笑っている。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ