しっぽや4(アラシ)

□小雨
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side〈HINO〉

『婆ちゃん、婆ちゃん、部屋の隅にいる女の人、誰?
 あの人がママの中に入ると、ママはいつも怒るんだ
 そうすると、パパも怒って喧嘩になっちゃうの』
『日野、そんな女の人、どこにもいないよ
 そんな者は見ちゃダメだ』

『婆ちゃん、婆ちゃん、オレいらない子なの?
 あの女の人が、オレのことそう言うよ
 お前が居なければ、ママはやり直せるのにって』
『日野、そんな言葉聞いちゃダメだ
 日野はきちんとこの世に必要な者なのだから
 この世に居ない者の姿を見ちゃダメだ、話を聞いちゃダメだ
 可愛い日野がこの世から居なくなったら、婆ちゃんも生きていけないよ』

『婆ちゃん、これなあに?』
『婆ちゃんの作ったお守り、これさえあれば女の人なんて見えないからね
 いつも持っているんだよ』
『ほんとだ、もう見えなくなった!ありがとう、婆ちゃん』

『婆ちゃん、婆ちゃん
 お守り壊れちゃった、中から割れた丸い石が出てきちゃったの
 ごめんなさい、ごめんなさい』
『大丈夫、泣かなくていいからね
 また、神社に行ってお数珠を買ってきて、作ってあげるから
 可愛い日野が、嫌な目にあいませんように、って』


俺のことを必要としてくれていたのは、祖母だけだった。
喧嘩ばかりしていた父と母は、俺が小学校を卒業すると離婚した。
俺は、以前とは違う名字で中学校に上がる。

「婆ちゃんごめん、またお守り壊れちゃった」
俺が差し出した小さな巾着を
「はいはい、またお数珠を買ってきてあげるから大丈夫よ」
婆ちゃんは、いつもと変わらぬ優しい笑顔で受け取ってくれる。
「俺、婆ちゃんの子供だったら良かったのに…
 だって、俺の同級生の母親と婆ちゃんって、3歳くらいしか違わないよ?
 まあ、そいつ3人兄弟の末っ子だけどさ」
俺が少しムクレて言うと
「子供より、孫の方が可愛いもんだ」
婆ちゃんは笑ってそう答えた。
「あんな女が子供じゃなけりゃ、婆ちゃんだってもっと楽に生きられたのに」
母親の顔を思い浮かべ憎々しい思いで口にした言葉に
「あの子も最近は真面目に働いてるんだから、あまり悪く言わないで
 若いときは、誰でも色々あるものなのよ」
婆ちゃんは、困った顔でそう言った。

「日野、学校は楽しい?お友達出来た?
 引っ越しちゃったから小学校の時のお友達、誰もいない中学でしょ?
 勉強はついていける?」
心配そうに聞く婆ちゃんに
「名字変わっちゃったから、知り合いなんか居ない方がいい…
 俺、頭良いから、勉強はバッチリだぜ!
 部活も楽しいしさ、走ってる時は嫌なこと全部忘れられるんだ」
俺はそう答える。
「じゃあ、スタミナつくように、今日は焼き肉にしようかね」
「やったー!」
俺にとって家族と思える者、守ってくれる者は、祖母だけだった。


高校に入って、俺の状況は変わっていく。
同じクラスで『野上荒木』という友達が出来た。
荒木は俺と同じくらいチビで、童顔で、良い奴だった。
俺の得意な数学と物理が苦手で、よくノートを貸してやったり、勉強をみてやったりした。
一人っ子の俺は弟が出来たみたいで、荒木と居ると楽しかった。
でも荒木は、俺にないものを沢山持っている。
たわいない喧嘩しかしない優しい両親、ペットの飼える1件家、生まれたときから一緒に育ってる猫。
荒木が持っていなくて俺が持っているのは、煩わしい部活の人間関係だった。

俺は1年の時、部活の先輩にレイプされた…
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