しっぽや4(アラシ)

□豪雨
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「白久は私の犬だ
 荒木、君になんか渡さない!」
日野様はそう叫ばれて、また激しく咳き込んだ。
「日野…」
そんな日野様に、荒木は戸惑った視線を向けている。
耐えきれずにベッドから降りて日野様の元に駆け寄ろうとした私の肩を、黒谷がグッと掴む。
「クロ、離してください!
 あのお方が苦しんでおられる!」
そう訴えても、黒谷は腕の力を緩めてはくれなかった。
「これは…この気配は…!?」
黒谷の目が驚愕に見開かれ、呟きは次第に悲痛な叫びになっていく。
「違う、違う!シロ!彼は違うんだ!
 ああ、そんな、まさか、まさか…!」
私の肩に黒谷の指が、痛いほど食い込んでいる。
「貴方は…貴方は、またそんな…
 死霊に体を使われるなんて…
 しっかりしてください!和銅!
 自分の意識をしっかり持って、死霊の感情に引きずられてはいけません!
 和銅、僕を思い出してください、和銅!!」
魂を揺さぶるような黒谷の慟哭が、部屋に響きわたった。

「クロ、何を言って…?」
私には黒谷が何を言い出したのかわからなかった。
「シロ、あの方はシロの飼い主の転生体じゃない
 あれは、和銅の転生体だ
 転生してもなお、死霊に取り憑かれやすいお体だとは…
 シロの飼い主は、和銅に取り憑いた死霊だ
 お亡くなりになった状態のまま、時を止めてしまわれた死霊なんだよ」
黒谷の言葉は、にわかには信じられないものであった。
部屋にいる誰も、事態が飲み込めていなかっただろう。
「彼は和銅だ、和銅なんだよ、だから化生の事を知っていたんだ
 しっぽやの事を知っていたんだ!
 和銅、どうかお願いです、僕の元に帰ってきてください!」
泣きながら懇願する黒谷に、日野様が反応する。
「帰る…オレの帰る場所…?」
しかしそれはつかの間の事であり、再びあのお方の気配が濃厚になった。

「違う、シロこそが私の犬だ
 他の犬はいらない、シロしかいらない!
 健康な者が、私の唯一の心の支えを奪うなど許さない!」
部屋に充満する邪悪な気配で、私にも黒谷の言っていることが真実であるとわかってきた。
けれども、それを認めたくなかった。
「あのお方が、私のせいで悪霊になってしまうなんて…」
涙を流して呟いた私の手を、荒木が力強く握りしめた。
「白久、お願いだ、飼い主に日野の体を返すよう言ってくれ
 なんかよくわかんないけど、白久の飼い主が日野に取り憑いてるんだろ?
 これじゃ、日野の体が保たないよ
 日野は、俺の大事な友達なんだ!」
泣きながら叫んだ荒木の言葉で、日野様の目からも涙がこぼれた。
「あ…ら…き…?」
すかさず黒谷も
「和銅、僕の元にお帰りください
 ずっと、ずっと長い間、和銅のお帰りをお待ちしておりました
 今度こそ、僕が貴方をお守りいたします
 また再び、僕を飼ってください!」
魂の叫びを上げる。
「く…ろ…や…、黒…谷、黒谷ぁ!
 助けて、助けて黒谷、怖いよ、戦争に行くのは怖いよ、黒谷ぁ!」
そう叫び返された日野様から、私は微かに遠い昔に感じたことのある黒谷の飼い主の気配を感じ取っていた。

今、日野様の体の中では様々な気配がうごめいていた。
あのお方の気配、和銅様の気配、そして日野様ご自身の気配。
どれが本物のこの体の持ち主であるのか、私には判別がつかなかった。
しかし、人の体にとってこの状態が望ましいものでないことは、理解できた。
「白久、よろしいですか?」
三峰様が厳かな声で問いかける。
その言葉に、私はハッとした。
古来より狼には魔を払う力があるとされ、信仰の対象になっている。
三峰様なら、悪霊と化してしまったあのお方を払えるのだ。
あの体があのお方の転生体でなければ、きっとあのお方は消滅する。
それは、2度とあのお方と会えなくなると言うことであった。
再び、私の心はあのお方と荒木の間で揺れ動いた。
「きちんと、ご供養いたしますよ」
三峰様のい労るようなお言葉。
「白久、日野を助けて」
荒木の懇願。

こんな状態になった私の側に居てくれる荒木を見て、揺れていた心は一つの決断を下す。
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