しっぽや4(アラシ)

□豪雨
2ページ/4ページ

「荒木、私のような浅ましい獣は消滅した方が良いのです
 私は荒木と共に居る資格を失いました」
私は両手でそっと荒木の頬を触る。
荒木の顔を、体にも刻みつけて消滅したかった。
「ダメだ!ダメだよ!消滅なんてさせない!
 白久が消えたがってるって聞いて、俺、考えたんだ
 どっちが白久の飼い主に相応しいか、日野と戦うよ!
 ちゃんと白久が安心して従える飼い主になるよう頑張るから!
 だから、それまで消えちゃやだ…
 だって白久、ずっと孤独に耐えてたのに
 やっと飼い主が決まったのに、消滅なんてしちゃダメだよ」
荒木はポロポロと涙をこぼした。
「荒木…」
荒木の愛が、胸に染み渡っていく。

そんな中、私たち化生が慕い尊敬する気配が訪れた。
「いらっしゃった」
黒谷がすぐさま出迎える。
部屋に、三峰様と彼女の警護を担当する波久礼、迎えに行った長瀞が姿を現した。
三峰様と波久礼はいつもと変わらぬ出で立ちであったが、まとう気配の神聖さが増していた。
きっと、禊ぎ(みそぎ)を済ませてきたのだろう。
「遅くなって、ごめんなさいね」
三峰様が、優しく荒木に話しかける。
「ミイちゃん、待って、俺まだ白久のこと忘れたくない!
 白久のこと、消滅させないで!」
荒木の叫びを三峰様は優しい笑みで受け止めた。
「まだ、白久のことを好きでいてくれるのですね」
三峰様の問いかけに、荒木はコクリと頷いた。
「このような事態が起こることを想定していなかったとは、私はなんと迂闊なのでしょう
 優しい化生の飼い主に、そんな悲しい顔をさせてしまうなんて」
三峰様は、そっと荒木の涙を拭う。
「荒木、この場に白久の飼い主の転生体を呼んでもよろしいですか
 双方の白久に対する思いを、きちんと聞いてみたいのです」
三峰様の言葉に、荒木が息を飲む。
かく言う私も驚いていた。
この場にあのお方が現れたら、私はどのような態度をとってしまうのか自分自身が恐ろしかった。

「…わかった、日野を呼び出すよ
 俺からの電話に出てくれるかわかんないけどさ」
荒木が毅然とした態度でそう答えるのを、私は呆然と見守るしかなかった。
「相手はこの部屋に直に来れないだろ?
 俺がしっぽや事務所に迎えに行くから、そう伝えてくれ
 少年は、ここで待ってるんだ」
ゲン様が声をかけると、荒木は果敢に頷いた。
荒木がスマホを取り出して操作し、耳に当てる。
数秒の沈黙の後
「出てくれると思わなかったよ
 着拒されてると思った」
荒木が固い声で話し始めた。
「そう、今、白久の部屋
 他にも人と化生がいるよ
 皆の前で、どっちが白久の飼い主に相応しいか勝負しないか?
 ああ、まあな、状況的に俺が有利だけど選ぶのは白久だ
 しっぽやの事務所まで行けば、芸人みたいなオジサンが迎えに行くから自信があるなら付いてこい」
荒木はそう言って、通話を終了する。
「少年…せめて『芸能人』って言ってくれよ
 いるだろ、スキンヘッドでグラサンの芸能人」
ゲン様が、ガクリと肩を落として呟いた。

ゲン様が部屋から出て行ってからの数十分、私の心は荒木と日野様の間で揺れていた。
私の手を握る荒木の手が震えている。
きっと、荒木の心も揺れているのであろう。
部屋に居る者は緊張の中、無言で日野様を待っていた。
懐かしい気配と共に、背筋の凍る音が近づいてくる。

ゲホ、コンコンコンコン

『あのお方が苦しんでおられる!』
今にも駆けだしてあのお方を介抱したい誘惑を、私は必死に耐えていた。
「おい、ちょっと、この子具合悪そうなんだけど、大丈夫かよ
 移動中、急に咳き込み始めて
 先に病院連れてった方が良かないか?」
ゲン様が、焦った感じで日野様を抱えながら部屋に入ってくる。

コンコンコン、ゲフッ

日野様が血を吐かれると
「日野!?おい、どうしたんだよ!?」
荒木が驚いた顔で駆け寄って手を貸そうとする。
しかし日野様はその手を乱暴に振り払い
「ノドのどっか切れただけだって、大げさに騒ぐな」
苦しい息の下、そう訴えた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ