しっぽや4(アラシ)

□豪雨
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side〈SHIROKU〉

『あのお方』の転生体である日野様と契ってしまった。
あのお方が部屋を立ち去った後、我に返った私は自分のしでかしたことに愕然とする。
『新しい飼い主を得ていながら、他の者と契ってしまった!
 私は何と言うことを…
 肉欲に支配され我を忘れるなど、ただの獣の所行ではないか!』
荒木に対する申し訳なさで、心が張り裂けそうになった。
しかし、体はあのお方の甘い吐息、優しい声、頼りない肢体を覚えていて、それがたまらなく愛しく恋しいものに感じていた。
心と体が引き裂かれてしまいそうであった。
『私のような浅ましい獣は、消滅するに相応しい…』
私は、絶望の中でそのことだけを強く思い始める。

自分の思考に落ち込んでいた私は、黒谷の気配で我に返った。
黒谷に自分のしてしまった事を告白すると、また消滅を望む心に支配される。
何もかもが暗闇に閉ざされているように感じられ、寝ているのか起きているのか、自分でもよくわからない時間が過ぎてゆく。
周りで黒谷や空がいる気配がするものの、私にはそれに注意を払う気力がなかった。
ただ浅ましい自分の存在を放棄し、消滅する事だけを望んでいた。
そんな私の耳に、悲鳴のような言葉が飛び込んでくる。
「俺、本当にカズハの事が好きなんだ!
 なのに心の片隅には、あのお方が住んでいて…
 カズハには言わないでくれ」
それは無気力になっていた私の心に、雷鳴のよう轟いた。
新たな飼い主を得たにも関わらず、空もまた『あのお方』を心に住まわせていた。
空の悲痛な告白が、私の心を揺り動かした。
『ああ、私だけではないのだ…』
飼い主を得た者が感じている同じ悲しみ、痛み。
空を慰める黒谷も、かつてこれを乗り越えたのだ。
同じ状況の仲間が居るという事に、消滅を望む気持ちが少しだけ薄らいだ。
「私は、ダメな先輩ですね」
ベッドから上体を起こして、そう2人に語りかけた。
2人は驚いた顔を見せたが、すぐに笑顔になってくれる。
そんな仲間と共に、ご飯を食べた。
彼らが作ってくれた夕飯は、心に染み入るように美味しかった。
何よりも、2人の私を心配してくれる気持ちが心に染み渡っていった。

翌日、三峰様がこちらにお越しくださることになった。
『どのような処分も、甘んじて受けよう』
そう覚悟するものの、荒木のこと、あのお方のことを忘れるように言われたら消滅を望む事に決めていた。
荒木やあのお方の居ない生を送ることには、耐えられなかったからだ。
『仲間と過ごすのは、これで最後かもしれない』
そんな風に思いながら黒谷たちと過ごす時間は、今までになく心落ち着く安らぎの時間に感じられる。
荒木に飼っていただけるまで仲間と共に居ても寂しさを感じることがあったが、今は同じ境遇の者と共に居られる時間が慰めになった。
その時間は、ゲン様からの電話で終わりを告げる。

ゲン様と暫く会話していた黒谷が私に向き直り
「シロ、今、荒木がゲンの部屋に来ている
 シロの状態を聞いて、倒れたらしい…
 今は意識が戻ったそうだが、シロに会いたがってるって
 どうする?会うかい?」
真剣な顔で問いかける。
「私も、私も荒木に会いたいです」
荒木には会わせる顔がなかったが、これが荒木に会える最後かもしれないという思いから、私は思わずそう答えていた。
黒谷が、その旨をゲンに伝えてくれる。
数分後、懐かしく愛おしい荒木の気配が扉の前に立つのが感じられた。
自分で出迎えたかったがどうにも体が上手く動かず、黒谷に代わりに出てもらった。
1日会わなかっただけなのに、荒木に会うのはとても久し振りな気がした。
荒木は全てを知ってしまっているらしい。
私のせいで泣きはらした顔の荒木を見るのは、とても辛かった。
しかし、私はその顔を、脳裏に焼き付けておきたかった。

「白久…、白久!」
荒木が泣きながら、ベッドに上体を起こしている私に抱きついてきた。
「荒木、荒木!申し訳ございません!
 私は、何と浅ましい事をしてしまったのか…
 貴方にお会いできる資格はないのに、それでも貴方のお顔を最後に見ておきたかった
 私の我が儘をお聞きくださり、ありがとうございます」
私も泣きながら荒木を抱きしめた。
「最後なんて言わないで!
 白久、消えないで!消滅なんてしないで!」
荒木の命令が、心に突き刺さる。
『クロも、この命令に従って消滅を思いとどまったのか…』
そう感じたものの、私はそれに従いきれない自分に気が付いた。
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