しっぽや4(アラシ)

□強風
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「やったー、数学の宿題終わり!
 日野先生、マジ感謝!
 ささ、どうぞこちらをお召し上がりください!」
数時間後、俺が平伏してビニール袋を差し出すと
「うむ、苦しゅうない、面を上げい
 へへ、どれから食おうかな〜」
日野は舌なめずりをして中身をのぞき込む。
「俺も食いたいから、1人で全部食うなよ」
俺が慌てて言うと
「はいはい、サンドイッチとか半分こしようぜ
 パンにはやっぱり、牛乳系だよな
 コーヒー牛乳1リットルも半分こだ」
日野は笑って飲み物を取りに行った。

パンを食べながら、俺達はたわいない話をする。
「なんか今日は頭が疲れた、物理は今度見せて」
「荒木ちゃんは軟弱だな〜
 あれ、オレンジのパウンドケーキなんてあるんだ?」
「お前、バナナって言ってたけど、それしかなかったよ」
「こないだ行ったときはあったんだよ
 パン屋での出会いも一期一会って訳か、奥が深い」
それはいつもと変わらない楽しい一時で、俺は日野との確執じみた事をすっかり忘れていた。
「昨日見に行ったって映画、面白かった?」
何気ない口調で日野が聞いてくる。
「うん、アクションシーンが派手で格好良かったよ
 あ、お前も見たかった?混ざれば良かったのに」
俺の言葉に、日野は含み笑いをして
「いや、昨日は俺もお楽しみだったからね」
そう答えた。
そんな日野の変化に、嫌な気配を感じてしまう。

「荒木ってさ、あの人と付き合ってるの?」
ふいに日野がそんな事を聞いてきた。
「え…?あの人って誰だよ」
嫌な予感がますます膨らんでいく。
「こないだの登校日の時に会った、バイト先の先輩って人」
日野がねっとりとした視線を向けてくる。
「な、何だよ、いきなり…」
俺は、そんな日野の視線を避けるように俯いた。
「俺があの人と話してたの、睨んで見てたじゃん」
日野はからかうように口にする。
「別に、睨んでなんか…」
図星を指され、言いよどむ俺に
「付き合ってないなら、別に気にならないかな?
 俺、昨日、あの人と寝たんだ」
日野は勝ち誇ったようにそう告げた。

「…え?」
一瞬、俺には日野が何を言っているのか分からなかった。
「白久って、凄く優しく抱いてくれるんだ
 テクニシャンだし、気持ちよかったな〜
 俺、今まで好き勝手に突っ込まれるばっかだったから、ちょっと感動しちゃった」
日野はクスリと笑って、艶やかな目で俺を見る。
「お前、何言って…?」
俺の頭の中は、疑問符で満ち溢れていた。
『だって、化生は「飼い主」と契るのが誉れだって
 「飼い主」にしか発情しないって
 白久の飼い主は俺なのに?』
言葉も出ない俺に
「シロは、私の飼い犬だよ」
口調が変わった日野がピシャリと言い放つ。
「シロは生前可愛がっていた、私だけの犬だ
 病の中、出歩くこともままならなくなった私の唯一の慰めだった
 庭にいるシロに、どれだけ心和まされたか
 どれだけシロを愛していたか
 私が死んだ後、後を追うようにシロが死んでしまって、己の体の弱さをどれだけ呪ったか
 健康な君には、分からないだろうね」
日野は悲しそうに言う。

「日野…、お前、過去世の記憶が…」
俺はやっとそんな言葉を絞り出す。
「ああ、思い出したよ
 荒木、君はもうお役ごめんだな」
キッパリと言う日野に
「何言ってんだ、ふざけんな!白久は俺の飼い犬だ!
 後から出てきて横取りするなよ!」
俺は怒りで目の前が暗くなる。
「は?後から出てきたのは、君の方だろ荒木?
 シロは元々、私の飼い犬だったんだからな
 私の方が飼い主に相応しいとシロが判断したからこそ、抱いてくれたんだ」
日野がバカにしたような口調で言うセリフが、俺の心に突き刺さる。
「違う、白久は俺の飼い犬だ
 だって、愛してるって、慕ってるって何度も言ってくれて…
 何度も抱いてくれて…」
悔しくて、涙がにじみ出てくる。
「真の飼い主が現れるまでの、仮初めの飼い主って奴じゃないの?
 とにかく、シロは私の飼い犬だ
 金輪際近寄らないでもらおう」
居丈高な日野の言葉に、俺は反論する気力も無くなった。
『白久に会って、確かめなきゃ』
俺は荷物を乱雑に鞄にぶち込み、逃げるようにそこを後にした。
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