しっぽや4(アラシ)

□胎動
2ページ/4ページ

夏休みと言う時期は、思いの外依頼が多いのだ。
『親戚の家に一緒に連れて行ったら逃げてしまった』『お祭りに連れて行ってはぐれてしまった』『雷に驚いて逃げ出した』等々。
学校が休みなので、新しく始めた『しつけ教室』に参加希望の学生の数も多かった。
「午前中は俺、しつけ教室の方で手が放せないから、依頼が来たらよろしくな
 ミニチュアダックスなら、俺が出れば一発なんだけど
 黒谷の旦那じゃ不安だぜ
 あいつら、旦那みたいに理詰めで言っても聞かねーからよ」
空に渋い顔を向けられ
「和犬ミックスなら僕でも十分いけるけど」
黒谷が対抗するように答えた。
「まあ、いざとなれば受付は長瀞に任せて、私も出ますよ」
なだめるように2人の間に入り、扉に看板を下げるとしっぽや業務開始となる。

空がしつけ教室の参加者を伴い公園に移動すると、猫の迷子捜索の依頼が入った。
「メインクーンの子猫ですね」
依頼人からの言葉を口にすると
「私が参ります」
長瀞が控え室から姿を現した。
依頼人と長瀞が去った後、黒谷が控え室から姿を現し
「子猫の依頼なんて、波久礼が涎を垂らしそうだよね
 と言うか、あいつ最近、猫の化生に人気高くなったと思わないか?
 前はあいつが来ると猫達みんな縮こまっちゃってたのに、今じゃ率先して出迎えてるし
 ハーレムみたいだって、ゲンがブツブツ言ってたよ」
悪戯っぽくそう言った。
「そうですね、波久礼は最近落ち着いた感じになりました
 なにやら『良い先生方に恵まれた』とか言っていましたが」
私も笑って答える。

「最近は珍しい犬や猫が増えたよね
 前は長毛の猫はペルシャかチンチラ、ヒマラヤンくらいだったのに
 メインクーンって、いつもジャガイモと間違える」
黒谷がクスクス笑いながら言う。
私の気持ちを浮き上がらせようとしているのだ。
付き合いの長い仲間の思いやりに感謝して
「ジャガイモは、メイクイーンですよ
 私はメインクーンとノルウェージャンフォレストキャット、ラグドールの見分けが付かなくて
 長毛で大きな方々、としか
 長瀞がいてくれて、本当に助かりますね」
私は努めて朗らかな声を出した。
暫く黒谷と雑談していると、今度は犬の迷子捜索依頼が来る。
「柴犬のミックスですね、それなら僕が出ます」
和犬ミックスの依頼にホッとした顔の黒谷が依頼人と出て行くと、事務所はシーンと静まりかえった。

『今のうちに書類でも整理するかな
 データはパソコンで管理しろ、とゲン様には言われるけど
 どうにも、紙をいじっている方が性に合っているんですよね』
書類を整理しながら
『あのお方も、天気の良い日は縁側で書籍や文書の虫干しをして整理しておられたな』
ふと、そんな事を考えてしまう。
自分のその考えを慌てて頭から追い出したのに、全身を懐かしい感覚が支配した。

『?何だ、この感覚は』
控え室の猫達に、ざわめきは感じられない。
どうやらこれは、私だけが感じているもののようであった。
懐かしい感覚が、懐かしい気配が増していく。
『まさか…!?』

コンコン

ノックと共に、小柄な人影が扉を開けて事務所に入ってきた。
「こんにちは、『しっぽや』ってここでいいんですか?」
そこには、日野様の姿があった。
日野様は物珍しそうにキョロキョロしていたが、私を見つけると
「あ、シロのお兄さん」
ニッコリ笑ってそう言った。
その笑顔は泣きたくなるほどの懐かしさに満ちていて、私は言葉が出なかった。
「昨日、名刺くれたでしょ
 どんなとこかなー、って気になってさ
 だって、『探偵』なんて格好いいじゃん」
日野様は私に近付いてきてエヘヘと笑う。
私は、日野様を抱きしめたくなる衝動を、必死で押さえていた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ