しっぽや4(アラシ)

□兆し
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side〈ARAKI〉

夏休み中の登校日、俺は久しぶりに学校の教室にいた。
部活もしてないし、最近はしっぽやにばかり顔を出していたので、友達と会うのは久しぶりである。
「荒木、最近付き合いわりーじゃん
 バイト、そんなに楽しいのかよ」
隣の席から寄居 日野(よりい ひの)が話しかけてくる。
日野は高校に入ってからの友達だ。
俺より背が1cmも低いし、俺より年下に見える童顔だし、早い話が良い奴である。
「まあね、社会経験が出来て、懐も潤って楽しいよ
 バイト先の人は、皆、良い人だしさ」
まさか、恋人兼飼い犬がいるから楽しい、とは言えなかった。
「それに、お前は部活で忙しいかなって思って、あんま誘わなかったんだ
 秋に大会あるって言ってたじゃん、夏休みもずっと部活なんだろ?」
日野は、背は低いが陸上部では活躍しているエースなのだ。

「あ、いや…、ちょっと体調崩してて部活には出てないんだ…
 なんか俺、いっつも夏に体調悪くなるんだよ
 繊細だから夏に弱いのかな、なんて」
俺の言葉に、日野は苦笑気味に答えた。
「そういや、去年も今の時期具合悪いって言ってたっけ
 大丈夫かよ?」
俺は少し慌てて聞いてみる。
言われてみれば、顔色が良くなかった。
「今年は俺より婆ちゃんの方が酷くてさ
 入院しちゃったんだ…」
日野は呟くようにポツリと言った。
「え…?」
俺は言葉が出なかった。
日野の家は両親が離婚していて、母親と祖母、3人で暮らしているのを知っていたからだ。
日野はお婆ちゃんっ子なのだ。

「入院した病院ってのが遠くてさ、見舞いに行くのも大変なんだ
 しかも、病院の隣が墓場でよ
 行くたんびに気が滅入るし、肩が重くなる感じがする」
日野はため息と共に言葉を吐き出した。
「ごめん、全然知らなかった…」
俺は、何と言って日野を慰めればいいのかわからなかった。
「俺が知らせてないのに、荒木が知ってたらおかしいだろ」
日野は苦笑する。
「別に、そんなに深刻な状態じゃないけどさ
 暑気あたりの酷いのだって
 婆ちゃん、そんなに歳じゃないし、まだまだお迎えなんて来ないよ
 俺の母親『ヤンママ』ってやつだからさ」
日野はそう言うと、ダルそうに机に突っ伏した。

「そんな時に何だけど…
 数学と物理の宿題やってる?」
俺はオズオズと問いかけてみる。
写させてもらおうと思っていたけど、どうも深刻な状況のようで、望み薄だ。
しかし日野は俺を見て二ヤッと笑い
「高いぞ?」
悪戯っぽくそう言った。
「部活行ってないし出歩くのもカッタルいから、家でダラダラしながら宿題全部終わらせたんだ」
日野はフフンと得意げに笑う。
「さすが日野様!
 頼む、わかんないとこだけで良いから、写させて!」
俺が両手を合わせて頼むと
「荒木の潤った財布しだいだな〜」
日野はニヤニヤしながらそう答えた。

「あんま高いのは無理だよ」
ドキドキしながら聞く俺に
「駅前のパン屋で手をうとう
 卵サンドとツナサンド、スモークチキンのピタパン、唐揚げドッグにカレーパン
 デザートはたまごタルトにチョコデニッシュ、バナナのパウンドケーキな
 あ、飲み物はコーヒー牛乳とイチゴ牛乳よろしく!」
日野は一気に言い放った。
「う、それくらいなら何とかなるか…
 って、お前、具合悪いんじゃなかったのかよ?」
俺が呆れて聞くと
「具合悪いけど、食欲はある」
キッパリとそう答える。
「俺んとこに来るときに、買ってきてくれ
 今日にでも来るか?」
日野がそう聞いてきて、俺は考え込む。
「今日はバイトがあるし、明日はヤッチン達と映画見に行くんだ
 明後日で良い?」
俺の答えに
「商談成立!まいどあり!」
日野はニッコリと笑った。
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