しっぽや5(go)

□甘い芸術の秋
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当日はショッピングモールの出入り口で待ち合わせた。
かなり肌寒い日だったので、ひろせは秋物のコートの下にマフラーを巻いている。
そのモコモコの姿を見て
『冬の猫は一段と可愛いんだよね』
俺は顔がにやけてしまう。
そんな俺達に
「タケぽーん、お待たせー」
脳天気な声がかけられた。
「何ニヤニヤしてたんだ?
 そーゆー顔してると『ヘンシュツシャ』みたいだからやめろって、黒谷に怒られるんだぜ
 カズハのこと考えてただけなのにさー」
空とカズハさんがやってきたのだ。

「空、ヘンシュツシャじゃなくて、変質者だよ」
「ヘンシツチャ?ヘンシチシャ、ヘン、ヘンシチュ…」
上手くサ行が口に出ないらしく、空は何度も練習していたがその単語が危なすぎた。
「こんにちは、カズハさん」
俺が挨拶すると
「こんにちは、今日は誘ってくれてありがとう
 最近はここに来てなかったら、秋物で散財しそうかも」
カズハさんは苦笑する。
彼の言う『秋物』とは、お茶やお茶菓子のことだろう。

「ヘンシツシャ!」
やっと単語を言えるようになった空が、俺を見て誇らかに叫ぶ。
俺を見ながら言うのは勘弁して欲しかった。
「うん、上手に言えたね
 って、あの、すいません、変質者って、けっしてタケぽんのことじゃなく
 その、言葉の練習というか」
カズハさんはアワアワしながら弁解を始めるが、やはり俺を見ながらその単語を連呼するのは、本当に本当に勘弁して欲しかった。
そんな小芝居を流すべく
「じゃあ、行きましょうか
 最初はどこを見ます?」
俺は率先してショッピングモールに向かっていった。


カズハさんの希望で、最初は紅茶屋さんに向かった。
「良かった、まだ残ってた」
カズハさんはカゴの中に次々と商品を入れていく。
事前にサイトで欲しい物をチェックしていたようだ。
ひ『いつもお裾分け貰ってて悪いな、と思ってたけど
 これ、一人で飲みきれる量じゃないのでは
 むしろお裾分け相手が居るから歯止めがきかなくなってる感じ』
俺は珍しく狂乱するカズハさんを眺めるしかなかった。

「あ、これ貰って飲んだことのあるやつです
 ブルーベリーマフィンと併せると美味しかったっけ
 わあ、こんな香りのもあるんだ
 クッキーに練り込んでも香りが消えちゃうかな」
ひろせも興味深そうにあちこち見ている。
「焼き菓子に入れるならストレートの方が良いかな
 無難なとこだとダージリンとかセイロンとか
 アッサムでミルククッキーを作ったら、かなりミルクティー風味になるよ
 フレーバーでもアールグレイなら焼き菓子に合うし、色々試してみるのも良いかも
 お茶風味のクッキーが色々あるから、それを食べてみて参考にするとか」
カズハさんがひろせにレクチャーしてくれていた。

紅茶屋かと思ったら、日本茶や中国茶、お茶菓子まで置いてあった。
季節の商品は可愛らしいパッケージに入っている。
それを眺めているだけでも芸術的な気分に浸れて、当初の目的を果たした気分になった。

カズハさんがレジに向かうと、空が近寄っていく。
値段を読み込む店員さんと阿吽の呼吸で、空は次々に品物を持参のエコバッグに仕舞っていった。
気が付けばひろせが持っているカゴにも商品が入っている。
「紅茶のクッキーとティーハニーを買ってみます
 今日は食べ放題でいっぱい食べちゃうだろうから、今度タケシが部屋に来たときに一緒に食べてみましょう」
「うん、また泊まりに行くよ」
ひろせとの嬉しい約束に、また顔がニヤケてしまう。
『変質者』
空の言葉を思い出し俺は慌てて顔を引き締めた。

次に向かったのはコーヒー屋だった。
モッチーもよく利用すると言っていた店だ。
『カズハさん、コーヒーも買うんだ』
一瞬そう思ったが彼が向かった先は紅茶売場だった。
見渡すとお菓子や調味料、チーズにお酒にカップ麺、シリアルにドライフルーツ、スーパーと遜色のない品揃えに圧倒されてしまった。
ここでもカズハさんはカゴの中に次々に商品を入れていく。
空にネダられたのだろう、ビーフジャーキーや鮭トバも入っていた。
『何かこの店、ワンダーランドって感じ』
キョロキョロと辺りを見回していると紅茶缶を持ったカズハさんが近寄ってきた。

「タケぽんに、これ見せたくて
 ほら、ここ、猫のマークで有名なんだよ」
カズハさんに指し示された缶を見ると、確かに小さな猫が描かれている。黒猫なのか猫のシルエットなのか判別はつかないが、2匹の猫が歩いていたり座っていたり茶葉によって色んなバージョンがあるようだった。
「可愛い!プチ芸術な缶だ」
俺はお菓子に使えるんじゃないかとお勧めされたのを2缶ほど買ってしまった。
ひろせはドライフルーツと紅茶風味のプチケーキを買ったので俺達のエコバッグは膨れ上がっていたが、カズハさん達のエコバッグはすでに3袋目に突入しているのであった。
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