しっぽや5(go)

□甘い芸術の秋
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side<TAKESI>

「タケシどうぞ、日野のお土産です
 皆の分もありますよ」
しっぽや控え室でのランチの後、俺の愛猫のひろせが梨を剥いてくれた。
他の化生の分もあるので、大皿の上には瑞々しい梨が山のようにのっでいる。
テーブルに置かれた皿に、フルーツフォークを持った手が一斉にのばされた。
フォークが次々に梨に刺さり、梨が皆の口に消えていく。
俺もフォークを突き立て口に運んだ。


シャリ、シャリ

爽やかで小気味よい咀嚼音の後に、甘い果汁が口の中いっぱいに広がっていく。
冷やされていた梨の食感や果汁の多さに、シャーベットを食べているような錯覚に陥った。
「果汁たっぷりで凄く甘い!」
驚きの声を上げてしまった俺に、ひろせが微笑みながら頷いた。
「加工してしまうのはもったいない美味しさですよね
 ゼリーかジャムを作ってみようかと思っていたけれど、止めておきます
 皮を剥いて食べるだけで最高に美味しいなんて、お菓子制作者としてはちょっと悔しいですけど
 荒木のお土産のシャインマスカットも香り高く美味しかったし、やはり香料ではかないませんね」
文句を言いながらも、ひろせの顔はほころんでいた。

「産地からの採れたて直送だから、って言うのもあるんだろうな
 フルーツ狩り、ひろせも連れて行ってあげたいけど、俺まだ免許取れないし
 農園って駅近にないから、行くならバスかタクシーになっちゃう
 それだと何か自由度が低いんだよな
 かといって、誰かに車を出して貰うのも申し訳なくてさ」
秋を満喫する先輩達を見て、俺もひろせと秋を満喫したくてたまらなくなっていたのだ。
「スポーツの秋は俺にはちょっと荷が重い…
 ここは食欲の秋と行きたいところだけど、狩り系は無理
 フルーツ以外に秋っぽい食欲といえば、芋栗カボチャかな
 そうするとひろせが『お菓子作る』って張り切って、俺は補佐しかできないパターンが目に見えている…
 ひろせにもゆっくり秋を満喫して欲しいのに、本末転倒じゃないか」
俺は梨を食べながら、ぶつぶつ呟いていた。

『芸術の秋って言うのもあるか、美術館巡りとかしたら、それらしそうだな』
そう思いつくものの、ひろせは美術に興味がある感じではないし、第一俺自身そんなに詳しくもなかった。
『こんなとき荒木先輩なら、違うんだろけど…』
考えこむ俺に気が付いたひろせが
「タケシ、どうしました?梨、冷たすぎたかな
 冷蔵庫から出してすぐ切っちゃったから」
そう言って心配そうな顔を向けてくる。
憂いを含んだ瞳がいつにもまして美しく、芸術品を思わせた。
『こんなキレイな芸術品が身近にあるんだから、他の作品に興味持てなくても当たり前だよ』
俺はそう思い至り、心のもやもやが去っていくのを感じていた。

「ひろせがキレイだから、見とれてた」
俺が笑いながら言うと
「タケシも凄く格好良いです」
ひろせは嬉しそうに笑って俺の肩に頭を乗せてくる。
柔らかな髪を撫でると満足そうに目を細めていた。
最上級の、トロケるように甘いスイーツを思わせる気配が俺を包み、愛を伝えてくれた。

『スイーツ!』
ひろせの気配に感化され、閃くものがあった。
『そうだよ、何もカンバスの上の物だけが芸術品じゃない
 ケーキや焼き菓子だって芸術的な造形のものが沢山あるじゃないか
 美術館じゃなくてもカフェやレストランだって十分芸術を堪能できるはず
 芸術スイーツ巡りで秋を満喫しながらデートとか良さそうじゃん!』
早速スマホを取り出して、検索してみる。
高名なパティシエが作ったケーキや、匠の技が光る和菓子、断面が絵になっている飴、この世の芸術とはスイーツの事なのでは、と思わせる作品がどんどんヒットしていった。
が、お店の場所が遠かったり、とんでもない値段だったりで、高校生が巡るにはハードルが高すぎた。
『でも、1店舗を満喫するのもゆっくり堪能できていいか』
そう考えると気が楽になる。
『確か、よく行くショッピングモールに新しいケーキ屋が出店したってチラシが来てたっけ
 他にもお菓子系の店が多いし、高校生の秋デートには無難な場所だよな』
自分の中で納得がいった俺は
「ひろせ、次の休みにショッピングモールデートしない?
 新しいケーキ屋が出来たんだ、見に行ってみようよ」
そう誘ってみる。
「ケーキ屋さん!行ってみたいです」
いつもと同じ場所なのに、特別な場所に行けるような喜びを見せるひろせが可愛かった。


「ショッピングモール?」
俺達の会話の横から声がかかる。
「今、あそこの食べ放題の店、期間限定秋のスイーツ堪能コースやってんだよな
 良いなー、ショッピングモール、良いなー
 ローストビーフも食べられるし、食べ放題良いなー」
空が羨ましそうにこっちを見ていた。
『秋限定スイーツコース?良いじゃん!』
お得情報をゲットできて気が大きくなった俺は
「じゃあ、カズハさんも誘ってダブルデートにしようか」
そう言ってみた。
ひろせと2人っきりになるのは部屋に帰ってからになってしまうが、カズハさんはお茶請けに詳しいから色々教えて貰えるんじゃないかという、下心ありの誘いだった。

「カズハに連絡する!」
空は早速スマホをいじっている。
「イチャイチャは部屋に帰ってからね」
俺がひろせにこっそり囁くと
「そっちも楽しみです」
彼は艶めいた瞳で微笑んでくれるのだった。
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