しっぽや5(go)

□秋、満喫!
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「スマホのサイトを読んだ伊古田、安心した顔してた
 前の飼い主さんの母親は、あの人が幼い頃に亡くなってしまって、それで叔母さんのこと母親みたいに慕ってたらしいんだ
 伊古田が死んだ後、叔父の養子になったことで彼は母親を手に入れた
 失った伊古田の代わりに、心安らげる場所を新たに得ることが出来たって知って吹っ切れたみたい
 犬だったコータはあの人の元に居たけど、化生としての伊古田は僕の側に居る、僕だけの飼い犬だって言ってくれたんだ
 無理に納得したんじゃない、とても晴れやかでスッキリした顔してたから
 荒木にあの人のこと教えてもらってなければ、もっと長く伊古田を苦しめてたと思う
 教えといてくれて、本当にありがとう」
野坂は深々と頭を下げた。

「いや、あのサイト見つけたの日野だし
 化生を飼う上での最大のワダカマリみたいな事が晴れて、本当に良かった
 皆、徐々に自分の化生との絆を深めて乗り越えるのに、伊古田って変なとこでスピーディだね
 伊古田は犬の時に苦しんだ分、今は幸せにだけなって良いと思うよ」
初めて会ったときのような、怯えて縮こまった姿はもう見ることはないだろうと思うと感慨深かった。
どうも伊古田に対しては、親的な心持ちになってしまうようだ。
『生まれたてを見たようなものだからね、犬より人に懐いてたし』
俺はせっかくなので初めて伊古田に会ったときの事を野坂に話してやった。
「化生が化生として存在する瞬間みたいなものに立ち会えて、感動的だったと言うか可愛そうだったと言うか
 ほら、彼って大きいのにガリガリで傷だらけの身体だったから
 野坂に初めて会わせたとき、あれでもマシになった方なんだよ」
俺の言葉を野坂は真剣な顔で聞いていた。
「化生して半年も経ってないなんて、まだ子犬って感じだね
 だからあんなに可愛いんだ」
野坂は納得していたが、俺には100歳近い成犬でも白久の方が可愛いと思われた。
「これから来年の夏までに体験する事って、伊古田にとってみんな初めての事なのか
 伊古田の初めてに付き合えるの、嬉しいな
 今は初めての秋…何か秋っぽいこと体験させてあげたい
 何かある?白久とは秋っぽいこと何かしたの?」
野坂に聞かれ、俺は今までを思い出す。

「うーん、何かやったっけ?ハロウィンパーティとかリンゴ狩りがそれに含まれるのか?
 どっちもゲンさん主催だったからなー
 今は人数も増えて事務所で集まりきれなくなってきたし、モッチーが補佐してるとは言え忙しそうだし、ゲンさんにばっかり頼りにくいな」
悩む俺に
「伊古田は小食でも食べることは好きだから秋の味覚っぽい物を堪能させてあげたいけど、2人だと限界があるんだよね
 バスツアーならお手軽そうかな
 ただ、時間の自由がきかないのが厳しいか」
野坂も悩んだ顔を見せる。
「あ、果物狩りって良さそうかも、伊古田ってけっこう果物好きみたいだから
 今だと梨、リンゴ、ブドウとかかな
 近場だったら蒔田の実家のリンゴ園を収穫の手伝いしつつ、少し分けてもらうとか出来そうだったのに」
野坂はスマホを取り出して調べ始めていた。

「俺と白久も季節っぽいこと最近してないかも
 学園祭が秋っぽかったかな、ビミョーか」
野坂と伊古田につられ、俺も自分と白久の季節デートを真剣に考えてしまった。
「ブドウ狩りって良さそう」
そんな野坂の言葉で我に返り、差し出されたスマホの画面を読む。
「確かに!」
そこには、ブドウ棚は比較的低い物が多く子供や年輩者も利用しやすいと書いてあったのだ。
逆に背の高い人にとっては辛い作業になるけれど、白久が選んだブドウを俺が採ってあげることができる。
リンゴ狩りの時の逆バージョンで、共同作業できそうだった。


「良いじゃん、俺達もブドウ狩り行こうかな
 まだギリギリシーズン終わってないみたいだし、近郊なら車で行けそうか
 そうだ、どうせなら一緒に行かない?予約取れたら今週末にでも
 俺の運転でよければ車出すよ」
俺が誘うと、野坂は凄く驚いた顔をしていた。
「え?僕達と?だって荒木は日野とか、もっと仲良い友達が居るのに?」
「日野を連れてったら、ブドウ園の人に申し訳ない気持ちになりそうでちょっと
 あいつ、制限時間2時間でも4〜5kg食いそうだもん
 野坂も伊古田も常識の範囲内だから、2人で1房とかだろ」
日野なら2桁房食いしそうだった。

「あの、じゃあ、僕と伊古田も一緒にお願いします
 誘ってもらえたの、凄く嬉しい」
野坂の素直な感謝の言葉に、俺は照れくさくなる。
「仲間で友達だもんな、また面白そうなことがあったら誘うよ」
俺の言葉で野坂は嬉しそうに頷いていた。


その場で直ぐに良さそうな農園に電話をかけると、うまい具合に予約が取れた。
野坂と待ち合わせの場所や時間を決め、自分の化生にメールで連絡する。
急に決まった週末のダブルデートに、俺達は心躍らせるのであった。
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