しっぽや5(go)

□秋、満喫!
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side<ARAKI>

講義が終わり鞄に荷物を詰め込んでいると、隣に座っている野坂が
「今日はバイト?ちょっと時間もらって良い?」
声をひそめて話しかけてきた。
わざわざ俺の隣に座った時点で誘われることは予測してたので
「今週はウラが助っ人に入るから、バイトは無し
 平日に白久と会える時間が減るんで、週末は泊まりに行くけどね
 お前は?サークルに顔出さなくて良いの?」
そう返事を返す。
「あそこは自由だから1週間通い詰めてもいいし、1週間顔を出さなくても良いんだ
 僕もまだ会ったこと無い部員、けっこー居るみたい
 ノリが体育会系とも文学系とも違って、あの温(ぬる)さが僕には丁度良いよ」
何だか俺の想像するミステリ研とはかけ離れているサークルのようだ。
「良いサークル入れたじゃん」
俺の言葉に
「伊古田のおかげ」
野坂は嬉しそうに笑っている。
出会った当初の野坂は人見知り気味で自分からサークルに入部したりしなさそうだったのに、伊古田との出会いで随分社交的になっていた。

荷物をまとめた俺達は、カフェテリアに移動する。
「今日のケーキセット、モンブランだって
 メニューも秋めいてきたね
 学園祭の時はまだまだ暑くて、伊古田は脱水症状起こしてたっけ」
野坂が少し懐かしそうな顔になった。
「食堂も冷やしメニューが減って、キノコうどん、キノコの炊き込みご飯定食、キノコソースハンバーグとか出てったな
 秋だからって、どんだけキノコに頼るんだ」
「カボチャの煮物とかサツマイモのレモン煮の小鉢もあったよ
 栗の炊き込みご飯とか出ないかな、ってちょっと期待してたけど、値段の関係で無理なのかも」
野坂とこんな風に何気なく雑談できるようになって、正直俺はホッとしていた。
悪い奴じゃないことはわかっていても、今までの野坂は嫌みな言い回しや鼻につく言い方が多かったのだ。
『まあ、伊古田相手じゃそんな物言い意味ないもんね
 化生って素直すぎて額面通りの言葉の意味しか理解できないし』
これも、伊古田がもたらした野坂の良い変化だった。


いつものように隅の方の席を選び、2人で陣取った。
窓際だったので構内の庭に植えられている木々の緑が薄くなり、通り過ぎる生徒の服装も秋めいてきているのがよくわかる。
「すっかり、秋だよな〜」
つい、そんな言葉が口からでてしまう。
今年の夏はミイちゃんのお屋敷で過ごすことが出来て、楽しかったし何か学べた気がする。
まあ、遊びほうけていた分、課題を手伝ってもらったりもしたけれど…
野坂はその辺、日野や近戸みたいにそつなくこなしそうだと思い目を向けたら、モンブランの栗を残そうとしたのか周りを食べ進めて見事に倒していた。
そう言えば、前回のショートケーキでもイチゴで同じ事をやっていた気がする。
そのユルく抜けてる加減が、伊古田とは相性が良いんだろうなと感じてしまった。
思わず笑った俺の視線で気が付いたのだろう
「何?」
少し恥ずかしそうに聞いてくる。
「いや、野坂と伊古田って、本当にお似合いだと思ってさ」
俺がそう言うと
「そう見えるのなら、良かったって言うか……
 その、…嬉しい、かな…」
野坂は赤くなりながらボソボソと答えていた。


ケーキを食べ終わりセットのコーヒーを飲むと、その芳香で頭が切り替わっていく。
「伊古田と、何かあった?」
俺はさりげなく聞いてみる。
最近の野坂の変化を見るにつけ、それは悪いことには思われなかったので安心して口にする事が出来る問いだった。

「この間、前に荒木に教えてもらったこと、伊古田にも伝えることが出来たよ
 やっぱり凄い勇気がいるね」
野坂の答えに、俺は思わず口を開けてしまった。
「俺が教えた事って、もしかして伊古田の前の飼い主のこと?」
確認するように聞いたら、野坂は小さく頷いた。

「伊古田、前の飼い主の夢見て泣いてたんだ
 泣きながら『ごめんなさい』って、必死に謝ってたから直ぐにわかったよ
 自分だけが僕と幸せになるの、負い目に感じてたみたい
 生前は2人で支え合って生きていたから当然なのかな
 伊古田は本当に優しいから
 前の飼い主の生の結果を知れば吹っ切れるかも、って思ってさ
 でも、僕より前の飼い主のことの方を恋しがる事も考えられて、それが怖かった」
野坂の言葉は、白久とあの一夏(ひとなつ)の体験をした俺には凄くわかることだった。
化生が正体を知られ新たな飼い主が去っていくことを恐れる様に、俺達飼い主もまた彼らの心が前の飼い主の元に戻っていくことを恐れているのだ。
過去も現在も羽生の飼い主の中川先生以外は、1度は感じたことのある恐怖だろう。
過去世で黒谷を飼っていた日野ですら、以前の自分に嫉妬する時があったと密かに打ち明けてくれていた。

野坂の次の言葉を、俺は固唾を呑んで待っていた。
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