しっぽや5(go)

□新たな物語
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モデルをやった次の日、僕は野坂の家に行くことになっていた。
「連休って良いね、まだ野坂と一緒にいられる」
僕は早速、昨日もらった服を着て飼い主と一緒に町を歩く。
自分の頑張りで手に入れた服が誇らしかった。
「僕が大学を卒業するまで、こんな会い方しかできなくてごめんね
 伊古田と一緒に影森マンションで暮らしたいけど、まだ自分の未来に自信がもてなくてさ」
少し申し訳なさそうな顔をする野坂に
「荒木も日野も近戸も遠野も、学生のうちは実家で過ごしてるんだから気にすることないよ
 慌てなくても直ぐに一緒に暮らせる日が来るって長瀞が言ってた
 長瀞が学生のゲンに飼われてた時はまだ影森マンションが無くて、落ち着いて会える時間や場所が少なかったんだって
 それに僕は野坂の家に行って、歓迎してもらえるから」
僕は笑顔で答えた。

初めて会ったときは僕に怯えまくっていた野坂のお母さんは、保護犬を引き取って犬と接するようになったため僕のことを怖がらなくなっていた。
むしろ僕が遊びに行くと
「姫(ひめ)ちゃん、伊古田兄タンが来てくれたわよ」
と言って喜んでくれて、頭をなでてくれるようになった。
姫ちゃんというのが引き取った保護犬で、女の子だったため母が舞い上がってると野坂が少し呆れた顔で言っていた。
大事にしていた服をリメイクして、犬とのお散歩バッグやら姫ちゃん用のアクセサリーを作ったりしているそうだ。
「クローゼットがスッキリするかと思いきや、リメイク品でギチギチのままだよ
 使われて日の目を見てるだけでもマシなのかな
 まあ僕も、レースが付いてない無難な柄部分でブックカバー作ってもらったりして、恩恵は受けてるけどね
 ピッタリサイズで作ってもらえるのは、ありがたいよ
 既製品だと微妙に大きかったり、変形サイズの本に合うのが無かったからさ」
母親のことを語る野坂を見ると、あのお方のことを思い出す。


あのお方がまだ小さい頃に、体の弱かった母親は病気で亡くなってしまったそうだ。
体調が良い時は犬の世話を手伝ったりご飯を作ったりしてくれたらしい。
母親亡き後、あのお方の叔母は叔父にお弁当を持たせてくれた。
今思えば貴重品だったろう卵を使って、卵焼きを添えてくれたこともあったのだ。
『凄い、今日はご馳走だ!オカカのおにぎりに卵焼き、それとキュウリともろみ味噌、茹でたトウモロコシもある
 誕生日みたい
 お母さんが生きてたら、時々は家でこんなご馳走も食べられたのかな』
おにぎりと卵焼きを分けてもらい、その美味しさに感動していた僕はあのお方の寂しさに気が付いてあげることができなかった。
『春子叔母さんが、お母さんだったら良かったのに…』
涙をにじませて呟くあのお方の小さな身体を思い出すたびに、今でも僕の胸は痛くなる。


「伊古田?どうしたの?」
黙り込んで俯く僕を心配して、野坂が顔をのぞき込んでくる。
「ううん、何でもない
 姫ちゃんって柄だけ見るとボーダーコリーの血が入ってそうだよね
 カズハによると、子犬の頃白い毛でも大きくなると色や柄が出てくることがあるんだって
 背中に黒斑(ぶち)とか出るかも
 そうしたら僕達お揃いみたいだなって思ってさ」
僕は切ない思い出を振り切るように努めて明るく答えた。
「ボーダーコリー、確かに写真で見たのと似てるかもね
 姫の頭が良いのも頷けるな
 伊古田がしつけに協力してくれるのも大きいけど」
「僕のはしつけというより、日常生活での注意だよ
 人の家の中で暮らす時に気をつけた方が良いことを教えてるだけ
 でも、空よりは物覚えと危機管理能力は高い気が…」
言いよどむ僕に
「ハスキーを制御できるカズハさんって、本当凄いよね」
野坂はしみじみ頷いていた。


野坂の家では、いつものように家族に歓待してもらえた。
休日出勤しがちだった父親も、姫ちゃんが来てから家族の時間を大切にするようになり家で彼女のボール遊びに付き合っているそうだ。
『兄タン、兄タン、綱引キ、シテ』
姫ちゃんは最近ロープのおもちゃを引っ張り合うことに燃えていて、早速遊びに誘われた。

「今日もダブルアイの服ね、凄く似合ってる
 夕飯は肉団子スープにするわ、それならハンバーグより量の調節しやすいでしょ?」
お母さんは僕が一気に食べられないことを知ってから、いつも気を使ったメニューでもてなしてくれた。
「俺ももっと背が高ければ、黒シリーズに手を出すんだけどな
 あれはコートがなびく身長がないと、様にならなくて
 伊古田兄くらい格好良く着こなしてくれれば、デザイナーも本望だろう」
お父さんがシゲシゲと僕の着ている物を見ながら、頭を撫でてくれた。
「昨日、モデルをしたときの写真を分けてもらったから、後で皆も見て」
成果を誉めてもらいたい僕が言うと2人とも『楽しみだ』と言って笑ってくれた。


素晴らしい飼い主、優しいお母さんとお父さん、可愛い妹。
ここはしっぽやとはまた別の、僕にとって家族と呼べる人達が居る安らぎの家だった。
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