しっぽや5(go)

□続いていく物語
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「初めまして、久那の飼い主の石間 和泉です
 和泉、とは呼びにくいだろうからイズミ先生とでも呼んでください」
「若い子に和泉のこと呼び捨てにする度胸はないでしょ」
モデルのKUNAが愛おしげにイズミ先生に頬を寄せているのを見て
「野坂は礼儀正しいから大人を呼び捨てにはしないんだよ」
対抗するように伊古田が僕を抱き寄せた。
そんな僕達を見てイズミ先生は楽しそうに笑い
「良いね、懐かれてる、伊古田のこと大事にしてるからだ
 君は良い飼い主だよ、もっとも、今までに嫌な飼い主なんて見たこと無いけどさ
 彼らは本質をきちんと見極めて飼い主を選んでるんだろうね」
親しげにそう言って握手を求めて手を差し出してきた。

「あ、あの、野坂 始です、伊古田の飼い主です」
僕は慌てて差し出された手を握り返した。
「えと、僕は今まで動物とか飼ったことなくて、誰かと付き合ったこともなくて、至らない点ばかりだと思いますが
 でも、それでも、伊古田のこと幸せにしたいです!」
パニクった僕は聞かれてもいないことをまくし立ててしまった。
きょとんとした顔だったイズミ先生は直ぐに相好を崩し
「良いね、新鮮な反応!俺のファンだって言ってたモッチーだって、ここまで緊張してなかった
 そのシャツ、お揃いシリーズだね、お買い上げありがとう」
初見の取り澄ました表情は消え去り、面白そうにゲラゲラ笑っている。
「な、伊古田、だから和泉は凄いって言っただろう?」
KUNAに言われても、伊古田は不満そうな顔をしていた。

「さ、ランチ食べよう、お腹空いちゃったよ
 本当はノリ弁食べたかったんだけど、さすがに最初だからね
 成金らしくデパ地下でいろいろ買ってきた
 久しぶりに目に付いた食べたい物爆買いして、楽しかったー
 余ったってしっぽやに持ってけば、あっという間になくなるから惜しくないし」
「このところ忙しかったから、それくらいの気晴らしは許されるよ」
よく見ればKUNAの足下には大きな紙袋が大量に置いてあった。
それを僕と伊古田も手伝って部屋に運ぶ。
袋の中身は和洋中取り混ぜた総菜が20パック近く入っていて、テーブルに一気にのせきれなかった。


「飲み物は何にしましょう、インスタントのスープしかないですけど」
僕が聞くと
「肝臓のためにこれにするよ、よかったら君らもどうぞ」
イズミ先生はコンビニのビニール袋からカップのシジミの味噌汁を取り出した。
「これ、身だけじゃなく貝殻ごとシジミが入ってるの画期的だよね
 煮なくても、お湯で殻が開くのも凄い」
イズミ先生は僕の緊張をほぐすためか、たわいのない話をふってくれる。
「シジミとか身体に良さそうなもの入ってると、つい選んじゃいますね」
「緑黄色野菜とかリコピンとかな、名前が可愛くて今はイヌリンがお気に入りだ」
あれだけ緊張していたのに、人見知りの僕が今ではとても自然に話すことが出来て自分自身に少し驚いていた。

イズミ先生の飼い犬の久那はコリーで、昔映画でブレイクした犬種らしい。
僕がそのことを知らないと言うと
「くっ、これがジェネレーションギャップか
 俺も世代じゃなかったけど、名犬ラッシーと刑事犬カールの名前くらいは知ってたのに
 ベンジーとかリーチンチンとか
 チョビはカズハに教えてもらった口だけど
 まあ、ダブルベリーが来るまで、動物に特に興味のある家庭じゃなかったもんな」
イズミ先生は少し遠い目をして言っていた。

「で、今回野坂に会いたかったのは、伊古田の服や今後についてなんだ
 この体型だから市販品で合うのないだろ?」
急に話題をふられ焦りながらも僕は頷いた。
「白久とかなら市販品でも十分みたいですが
 伊古田、白久より20cm近く大きいけど、ウエストは細いから
 イズミ先生に用立てていただいて助かってます
 業務中も不審者や筋者っぽく見えないので
 でも、もう少し太った方が良いと思うから、ウエストは合わなくなってくるかも
 他のグレート・デーンの写真とか見ても、スリムな犬種だけど伊古田は明らかに痩せすぎだと思うんです」
「だよな、それを見越してすぐ直せる仕立てにはしてある
 今まで飼ったことなくても、今はちゃんと犬のこと勉強してるんだな
 誰でも最初は初心者だ、それで良い
 俺も最初は知らないことばかりだったよ」
イズミ先生は優しく笑っていた。

「で、だ、伊古田のこの恵まれた体型を生かしてモデルを頼みたくてさ
 とは言えモデルウォークは無理だから、舞台のオブジェ的要員として立っててもらいたいんだ
 立ってるだけと言っても、ちゃんとポーズは取ってもらう
 その辺はみっちり練習しないといけないが、どうかな?」
イズミ先生は伺うように僕を見た。
僕は困って伊古田を見るが、伊古田は話の流れがわかっていないのだろう、きょとんとした顔をしていた。
ここは僕の決断次第、ということだ。
いきなり重大な選択を迫られ僕は内心激しく動揺していたが、それでも心は決まっていた。
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