しっぽや5(go)

□始まった物語
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side<NOSAKA>

僕が好きになった大きくて強面で気弱で小食な伊古田の生前は、犬だった。
彼のような存在が働く場所が『しっぽや』だと伊古田が教えてくれた。
ハンパないイケメンオーラを発しているしっぽやの所員は、皆、獣の生まれ変わりらしい。
生まれ変わり、と言うより獣の存在そのものが変化していて、総じて『化生』と言うそうだ。
転生ともまた違う気がする、不思議な存在なのだった。



想いを伝え合った僕たちは浴室で何度も繋がりあって愛を確かめた。
温かい場所で激しい運動をしたため半分ノボセたような状態で、僕達は部屋に戻る。
さすがに熱い物を飲む気になれず、常温のペットボトルのお茶を2人で分け合って一気に飲んでしまった。
窓の外は暗くなっており、すっかり夜になっている。
伊古田の過去を見ていた時間もあったが、何時間も愛し合っていたのかと思うと今更ながらに恥ずかしくなってきた。
それでも僕を見て嬉しそうに微笑む伊古田が可愛くて、今まで感じたことのない安らいだ幸せな気持ちがわいてくる。
伊古田は格好良くて愛らしい最高の犬だった。

「もうこんな時間だ、お腹空いたけど伊古田は?」
「僕もお腹ペコペコ、今ならいつもより多く食べられそう」
伊古田はお腹をさすって照れたように笑っている。
「雨は止んでるみたいだね、外に何か食べに行こうか」
本当はしばらく伊古田と2人っきりで甘い時間を過ごしていたかったが、そう誘ってみた。
「今って、緊急事態かな?」
伊古田のそんな返事の意味がわからず首を傾げてしまう。
「あのね、台風の時とか疲れてるときとかは、カップラーメンがごちそうになるんだって白久が言ってた
 台風の時に荒木と食べたカップラーメンが凄く美味しかったって
 日持ちするから保存食として置いておくと良いって教わったから、何個か買ってあるんだ
 それ、食べてみない?」
彼は窺うように聞いてくる。

「そう言われると、美味しそうだね
 また半分こしようか、今なら3個くらい作っても食べきれそう」
僕はワクワクしながら答えた。
母親に添加物や保存料が体に悪いと言われ、家では口にしたことはなかったが、遊びに行った友達の家で食べたことはある。
遊び疲れた後に食べるカップラーメンが、やけに美味しかった記憶があった。
身体が疲れている今、伊古田と一緒に食べるそれは美味しいに決まっている。
僕達は早速お湯を沸かし、どれを食べようか選び始めた。

「卵があるから、それも入れてみる?」
伊古田に聞かれて僕は黙り込んでしまった。
どのタイミングでどうやって入れれば良いか知らなかったのだ。
今までだったら適当に誤魔化す言葉を口にしていたろうけど、伊古田に対してはそれはしたくなかった。
正直に伝えたら
「野坂にも知らない事ってあるんだ」
そう言って酷く驚いた顔をしていた。
けれどもそれをバカにすることなく
「好きなタイミングで入れて良い、って白久は言ってたよ
 始めから入れておいて少し固めて食べるのが荒木の好みだから、自分もそうしてるって
 出来上がってからのせて、麺と絡めながらも美味しいって空は言ってたなあ
 僕は食べてみたことないから、いつ入れたらいいかよくわからないんだ
 野坂と一緒」
そう言って笑っていた。
「半熟っぽいの美味しそう、最初から入れてみようか
 1個だけ後からのせて食べ比べるのも良いね」
「うん」
僕達は塩味、醤油味、味噌味を選び、麺が延びないよう1個ずつ作って分け合って食べた。
子供の時に食べた物より遙かに美味しく感じ、それは初めて結ばれた記念日の思い出の夕飯として満足する味だった。


「伊古田はしっぽやで皆に親切にしてもらってるんだね」
食後にカフェオレのペットボトルを分け合いながら僕はそう聞いてみた。
スープまで全部飲んでしょっぱくなっていた口の中が、カフェオレの甘みで緩和されていく。
「うん、皆色々教えてくれるよ
 僕に飼い主が出来たって知ったら、きっと喜んでくれる
 しっぽやの犬は大きくても怖い犬じゃないんだ」
伊古田が嬉しそうに言っていた。
「それにしても、随分と都合良く僕のいる大学の学園祭に伊古田が来てくれたね
 運命?よりはもっと合理的な解釈があるのかな」
不思議がる僕に
「荒木と近戸には大学に僕が飼って欲しい人が居るってわかってたみたい
 だから学園祭に連れて行ってくれたんだよ
 荒木は凄いって、いつも白久は言ってる
 僕もそう思う、だって野坂に会わせてくれたもの」
伊古田は答えた。
でも少し声をひそめて
「でもね、可愛くて頭が良いのは野坂の方が上だよ」
そう言い足して微笑んでいた。
僕に対しての伊古田の特別発言は、いつも満足感を与えてくれる。

「明日、しっぽやに行って良い?
 荒木が居たら、お礼が言いたいから」
僕の問いかけに
「うん、僕も野坂のこと皆に自慢したい
 しっぽやに一緒に行けるの嬉しいな」
彼は顔を綻ばせてくれるのだった。
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