しっぽや5(go)

□これから始まる物語〈10〉
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呆然とする僕を見て不安になったのだろう
「野坂、野坂どうしたの?大丈夫?寒い?エアコンつける?」
伊古田がオロオロし始めた。
「あ、え、いや、ちょっと驚いちゃって
 ごめん、思考が現実に追いつかないと言うか
 あまりに凄い人と知り合いなんでビックリしたと言うか
 混乱してる」
僕の言葉に伊古田は更に困った顔になり
「和泉のことでビックリしたの?
 だって和泉が初めてしっぽやに来たときは『大学生』だったって言ってたよ
 今の野坂と同じでしょ?なら、野坂も凄いんじゃない?」
アワアワと何とか説明しようとし始めた。
『そっか、まだデザイナーになる前の、古い知り合いなんだ
 未だに服を用立てたり、イサマイズミって義理堅いんだな
 父親は貿易会社社長、母親もデザイナーの、いけ好かないボンボンだと思ってたよ』
また、伊古田のおかげで僕のひがみ虫が少し減ってくれた気がした。


気を取り直して
「じゃあ、紅茶をいただいて暖まろうかな
 色んな種類があるね
 これ、母がよく通販してるメーカーのだ」
僕がティーバッグを選び始めると、伊古田はホッとした顔になった。
「紅茶はポットのお湯じゃなく、沸かしたてがいいんだってさ
 いちいち面倒くさいけど、母親に言われると従わざるを得ないと言うか」
僕はピーチティーを選び
「伊古田は?何にする?」
彼に問いかけた。
「あの、よくわからなくて」
伊古田は大きな体を縮こませ、うなだれる。
「じゃあ、アップルティーにして、シェアしよう」
カップで間接キスだとドキッとしたが、そういえば僕達は既にキスは済ませているので今更だ。
2人っきりと言うシチュエーションを意識しまくっていたらしい。
「うん!」
伊古田は特に気にすることもなく、嬉しそうに頷いていた。


「ランチはどうしようか、雨だけど酷い降りじゃないし外に行く?」
紅茶を飲みながら聞いてみたら
「野坂に僕の作ったもの食べてもらいたくて、皆に教わりながら準備したんだ
 簡単なもの、サンドイッチだけどどうかな」
伊古田は窺うように聞いてきた。
「伊古田の手作り?食べてみたい
 朝から作ってくれたの?ありがとう、嬉しいよ」
「野坂と一緒に食べられるの、僕も嬉しい」
我ながら、初々しい恋人同士の会話すぎて笑ってしまった。

温かい紅茶を飲むと体が温まっていくのがわかった。
思ったよりも体が冷えていたらしい。
「あのね、昨日は初めて1人で捜索できたんだよ
 小型犬の依頼で、最初は僕のこと見て逃げちゃったけど、あの人たち基本気が大きいから
 僕が何もしないってわかると、キレて吠えまくってきた
 迷子になって、不安と気恥ずかしさがあったみたい」
僕が聞く前に、伊古田は仕事について教えてくれる。
個人情報には触れない範囲なので、僕も楽しく聞くことが出来た。

「空はあんな顔だけど、口が達者だから説得が上手いんだ
 大麻生は小さな事にも気が付くから、発見が早い」
「白久さんは?」
「白久は荒木が来ると張り切るけど、大抵控え室での昼寝の仕方を教えてくれるよ
 黒谷が『毎日荒木が来れば白久が張り切るのに』って言ってた」
「確かにね、じゃあ、僕も荒木がバイトに行けるよう協力した方が良いかな」
「お願い、黒谷が喜ぶよ」
何となく事情通になったようで、伊古田との会話は楽しかった。

「そろそろ紅茶を交換してみようか、冷めてきちゃってるけどね」
僕は少しドキドキしながら、提案する。
「うん」
伊古田は無邪気に頷いて僕が差し出したカップを受け取ると躊躇無く口を付けた。
「リンゴの匂いがする、葉っぱなのに不思議だなー
 桃もビックリしたけど」
「だね、僕もどうやって香りを付けてるのか具体的には知らないや
 同じフレーバーでもメーカーによって違うのも、よく考えれば不思議だし
 何かの配合が違うのかも」
当たり前のように身近にあったので、今まで深く考えたことはなかった。
伊古田の子供のような純粋な好奇心を、少し羨ましく感じた。


気が付くと、僕が部屋に来てから2時間以上が過ぎている。
伊古田と過ごす時間はあっという間だ。
壁掛け時計に気が付いた伊古田が慌てて立ち上がり
「もうこんな時間
 野坂、お腹空いたでしょ、すぐ用意するね」
そう言ってキッチンに行こうとする。
「手伝うよ」
伊古田の側を離れ難く、僕も一緒に立ち上がった。

「色んな味でサンドイッチ作ったから、また半分こしよう
 後は、インスタントのスープとコンビニで買ったサラダ
 野坂、これで足りる?」
「デザートにライチもあるし、十分だよ」
何だかカフェテリアのメニューみたいだった。
『伊古田は外見だけならガッツリ系で、牛丼とかカツ丼の大盛り食べそうなのに』
いつも伊古田のギャップは可愛らしくて笑ってしまう。
彼が作ってくれたサンドイッチはラップを利用したロールサンドで、それもまた可愛いギャップになるのだった。
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