しっぽや5(go)

□これから始まる物語〈8〉
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僕はさっきまで見ていた夢を思い出し
「あの、もしも、野坂が嫌じゃなかったら、で良いんだけど…
 …その、僕大きいから狭くなっちゃうかな、と思うと申し訳ないと言うか
 あのね、野坂と一緒に寝たいな、とか…
 ダメ?」
勇気を振り絞って聞いてみた。
野坂の頬がみるみる赤くなっていく。
「ぼ、ぼぼ、僕と?え?その?伊古田と?寝る?
 だ、だだだだってだって、僕達知り合ったばっかりだし
 伊古田は良い人で、可愛いくて、ああ、何言ってんだ僕は」
激しく混乱しだした野坂に
「ベッド、1つしかないから
 僕と一緒が嫌なら、ベッドは野坂が使って
 僕は床で寝るの慣れてるんだ
 このベッド、セミダブルとか言うサイズらしいけど僕と一緒だと窮屈だもんね」
僕は慌ててそう提案した。
同じ部屋で寝れること自体が幸運なのに、来れ以上を求めるのはおこがましい、と自分に言い聞かせる。

「いやいや、伊古田の方が疲れてるんだから、ちゃんとベッドで寝なきゃダメだよ
 荒木が余計なこと言うから、変に意識しちゃったじゃないか
 僕が床で寝るよ」
今度は野坂が慌てたようにそう言い出した。
「でも、お客様を床でなんて寝かせられないよ」
「いや、寝そべって本読んでて寝落ちすることよくあるから、僕は慣れてるんだ」
「それなら僕も、ずっと昔は古新聞の上で寝てたから慣れてるよ
 クッションあるから、あの頃より全然マシだ」
僕の言葉で野坂の表情が曇る。

「わかった、一緒に寝よう
 ごめん、辛いこと思い出させちゃったね」
野坂は労るように僕の肩を叩いてくれた。
その優しい感触に、体中に甘いシビレが広がっていく。
「辛いだけじゃなかった、幸せなこともあったよ」
あのお方と居られた事は、とてもとても幸せなことだった。
あのお方の笑顔を振り切るように
「今は、野坂と一緒に居られて幸せ
 野坂に優しくしてもらえて幸せ」
僕は思いの丈を伝える。
「何で僕なんか…伊古田の方がずっと良い人なのに
 でも、伊古田に一緒に居てもらえて、僕も、その…嬉しい」
野坂は照れた顔で言ってくれた。
それは僕にさらなる勇気と希望を与えてくれる言葉だった。
『いつか野坂が僕を飼っても良いって言ってくれるかもしれない
 そのために、もっと気に入ってもらえるよう頑張ろう』

ベッドの布団に潜り込み、少しでも野坂が窮屈な思いをしないよう壁に張り付いた僕の背中に野坂の背中が触れてくる。
『暖かいなあ、あのお方と寝てるときみたいに触れてる部分がポカポカする
 心も暖かくなるみたいだ』
自分の思考で、化生してからの僕は新しい生活に幸せを感じていたはずだったけど、心の中は寒かったのだと実感した。

『この温もりがいつまでも続きますように』
そう祈りながら、僕は安らぎの眠りに落ちていった。




すっかり明るくなった部屋の中、野坂の身動(みじろ)ぎで意識が覚醒する。
深く眠れていたらしく、気分がスッキリしていた。
「ごめん、起こしちゃった?何時かなと思ってスマホ取ろうとしたんだ
 かなり明るくなってきてるね
 寝坊しちゃった、休みの日だからそれくらいの贅沢は許されるか
 あ、でもまだ8時過ぎだよ、大寝坊って程じゃないや」
振り向くとベッドの中でスマホを持った野坂が僕を見て笑っていた。
「おはよう、流石にもう起きた方が良いよね
 凄くよく寝れた、野坂は?狭くなかった?」
「僕もよく寝れたよ、アラーム気にしなくて良かったからかな
 朝はいつも気忙しいけど、今日はゆっくりできるもんね
 あ、荒木に今日は大学休むから上手く言っといてって連絡しなきゃ」
野坂は起きあがってベッドに腰掛けスマホをいじり始めた。

僕もベッドから抜け出してスマホを持つと黒谷に電話をかけた。
「おはよう黒谷、連続で申し訳ないけど今日も休んで良いかな
 野坂が泊まりに来てくれて、学校休んで今日は一緒に居てくれるんだ」
『おはよう伊古田、やったじゃないか、頑張ったね
 好きなだけ休んで良いから気にしないで、皆、君が飼ってもらえるよう時間を作るために頑張るから、君は野坂さんの役に立てるよう頑張るんだ
 それに伊古田は昨日はお手柄だったし、今日の分として十分働いたよ
 あ、お金が足りなくなったら取りにおいで』
「うん、頑張る、色々ありがとう
 昨晩は差し入れもありがとうね、後で皆にもちゃんとお礼を伝えたいな」
『今日の報告を聞くの、皆で楽しみにしてるよ
 じゃあ、これから頑張って』
「うん、また」
僕は温かい気持ちで通話を終了する。
野坂はまだ荒木と通話中だった。

「朝ご飯の前にシャワー浴びてくる」
通話の邪魔にならないよう小声で伝え、そのままシャワールームに向かった。
温かいお湯に打たれながら、朝ご飯は昨日の差し入れの残りで豪華にしよう、と楽しく考えるのだった。
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