しっぽや5(go)
□これから始まる物語〈6〉
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side<NOSAKA>
学園祭で知り合った『伊古田』と言う不思議な人物に、僕は興味津々だった。
初めは外見に迫力があり過ぎてヤクザだと思ったけど、知り合っていくうちに繊細で気の小さな人なのだということがわかった。
彼は何故か僕と親しくしてくれて、些細なことを誉めてくれる。
話の端々から推し量れる伊古田の生い立ちは、僕の好奇心を刺激してやまなかった。
「次はどこに行くの?」
食事を終えマッタリしていると、伊古田が問いかけてきた。
「東棟に行ってみようか、あそこは建物が1番大きいから今日中には回りきれないかもね
駆け足で見れば行けそうだけど、そこまで頑張るほどじゃないし
だって、明日も来てくれるんでしょ?」
最後のセリフがネダるような響きになってしまい
「あ、休みって、明日も貰えるんだよね
せかっくの休みだし、伊古田が疲れてるようなら無理強いはしないから
探偵って体を動かす仕事でしょ、休みの日には体力回復しといた方がいいのかな、とか」
僕は慌てて弁解じみた言葉を口にした。
「明日も来る!野坂と一緒に居たいし、色々教えて欲しいから
こっちのことは分からないことばっかりで、僕はまだ役に立てそうじゃないもの
野坂みたいに物知りになりたい」
真剣な顔で伊古田に言われ、僕はちょっと切なくなった。
『知識欲があっても、それを満たせる環境で育てなかったんだ
学びたいって姿勢を恥ずかしがらずに示せる伊古田は凄いな
僕なんて「そんなことも知らないのか」って言われるの怖いのに…』
伊古田とは気負わずにつき合えそうで、一緒にいて気が楽だった。
「じゃ、行こうか」
僕が立ち上がると
「うん」
伊古田も立ち上がり2人でトレイを置きに行って、そのままドアをくぐった。
偶然だろうが、彼と息がぴったり合った動きになっていてちょっと笑ってしまった。
「うん、やっぱり、バディ物っぽい」
僕が言うと
「ばでい?」
伊古田が不思議そうな顔をする。
「相棒、ってこと、僕と伊古田、良い相棒になれそうだなって
まあ、僕は捜査の協力とか出来そうにないけどね、犬も猫も飼ってないから生態に詳しくないし、目の前で逃げられたら追いつけないもの
でも知識は後から入れられるから、僕が頭脳担当で伊古田が体力担当とかでいけるかな」
僕の言葉で伊古田の顔が明るくなった。
「野坂と一緒に捜索するの?仕事中もずっと野坂と一緒にいられるの?
野坂が側にいてくれるの、凄く嬉しい
僕、野坂の言うことなら何でも聞くよ
あ、でも、僕まだ体力には自信ないや…
皆もっと筋肉モリモリで40kgくらいの荷物持って何10キロも走れるんだ」
明るくなった伊古田の顔が、みるみる暗くなっていく。
「ペット探偵って、そんなに体力使うの?
皆野さんとか明戸さんって、そんな感じには見えなかったけど」
驚く僕に
「彼らは猫担当だから」
伊古田は力なく答えた。
よく分からないが、担当する動物によって体格に差が必要らしい。
「伊古田だって恵まれた体型してるんだから、これから身体を作っていけるよ
僕なんて横には広がれるけど、縦に延びるのはもう無理だもん
身体に負担にならないように、少しずつ体力作りしていけばいいんじゃない?
プロテインとかでタンパク質を多目に取ってみたりしてさ」
ありきたりな慰めの言葉だったのに
「うん、頑張る、野坂って本当に優しいね」
そう言って嬉しそうに笑ってくれた。
一見すると迫力のあるボスっぽい笑い顔だけど、今の僕にはそれがとても可愛らしく愛嬌のある顔に見えていた。
東棟は展示も模擬店も多く、カフェテリアでノンビリしていた分時間が押していたこともあり1階部分しか見て回れなかった。
でも興味のある所だけ見ればいいので十分だ。
ブラブラ歩いていると荒木と近戸が手伝っている模擬店を発見したので、少し並んで買ってみた。
「凄い盛況じゃん」
「売れて売れて、嬉しい悲鳴っての上げてるよ
伊古田、楽しんでる?」
僕が声をかけると荒木がそう聞いてきた。
「うん、野坂と一緒に居られて凄く楽しい
明日もまた来るんだ」
伊古田は屈託のない笑顔で答える。
「楽しくて良かったね、野坂、案内してくれてありがと
これオマケな、2人で食べて」
荒木は焼きそばに卵を巻いたウインナーを4本も乗せて、割り箸も2本付けてくれた。
他の人に見られないよう手早くビニール袋に入れて手渡してくれる。
「料金は白久から貰っとくよ」
と言われ『何で?』と突っ込みたかったが、同僚の皆が伊古田のことを気にかけているのだと気が付いて言葉を飲み込んだ。
「ごちそうさま」
ここは素直にお礼を言って昨日皆で利用した外のテーブルに向かうことにした。
途中の自販機で飲み物を調達する。
伊古田はソルティライチを選び
「野坂のお勧め」
僕を見てニッコリ笑う。
「じゃ、僕も同じのにしようかな」
こんなときいつも『真似するな』と言われるのが嫌で他人とは違う物を選びがちだったけど、伊古田は素直に『お揃いだ』と喜んでいた。
伊古田という存在は、本当に不思議だ。
僕は徐々に伊古田に対して、好奇心とは違う興味を持ってきたことを感じるのだった。