しっぽや5(go)

□これから始まる物語〈5〉
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駅から大学に向かって歩いている最中に荒木からメールが届いた。
内容は『飲み物を買ってきて欲しい』だ。
『パシリかよ』とも思ったが、ランチに混ぜて貰えそうだし頼られていると言えなくもないか、と頼まれたより多い数のペットボトルを買っていった。


校門の所で待っていた荒木は、お金は彼が払うから、と言って近戸くらい背の高い男の人を指し示した。
僕達より年上だろう、髪が真っ白でイケメンで、大型犬みたいに凄みのある人だ。
荒木との関係性が掴めず戸惑ってしまう。
他にも知らない人が混ざっていて、荒木が紹介してくれた。
『何で全員同じ名字なんだろ、似てないけど親戚?』
得に怖いと思っていた、ずば抜けて背が高くて目の下が黒い隈みたいに見える(薬の影響?)ヤクザっぽい人が『仲良くして欲しい』と声をかけてきた。
『絶対、カモる気だ』と思ったが逆らうのも怖かったので、小声で何とか返事を返す。
何でこんな人を学園祭に連れてきたのか、荒木の考えが読めなかった。

荷物を彼に渡すときに延ばされた腕を見たら、独特の色合いのタトゥーがびっしり施されていた。
チラリと見ると、腕だけじゃなく身体にもある。
『この人マジモンだ、勘弁してよ』
しかし今更『帰る』と言い出せる雰囲気ではなかったので、一緒に行動するしか無かった。


自分がついていないことは十分承知していたけれど、荒木が勝手に僕の隣に『ヤクザ』さんを座らせたときは運命を呪いたくなった。
自分の隣には白頭のお兄さんを侍らせ、あれこれ命令している。
『荒木って、こんな人だったの?
 身長が僕より低いし、猫バカな気の良い奴だと思ってた
 裏の顔って分からないもんだな』
ここは隣に座る『ヤクザ』さんの不興を買わないよう大人しくしていようと思ったのに、また荒木が余計な一言を言い放った。

「野坂も伊古田に取ってもらえよ」
『一般市民の僕がヤクザに頼めるわけ無いだろ』
言い返しそうになった言葉をグッとこらえ、僕は自分で取ろうとしたが身長が足りなくて向かいにまで上手く箸が届かなかった。
それを見かねたのだろう『ヤクザ』さんが『自分が取ってあげる』と言い出した。
その言い方は穏やかで、恫喝するような響きも恩着せがましいような感じもなかったので驚いてしまう。
『最近のヤクザはインテリジェンスって言われてるけど、この人もそうなのかな』
しかし、如何(いかん)せん、彼の場合は外見に凄みがありすぎた。
取って貰った物を受け取り頭を下げると、彼は嬉しそうな顔になる。
それは純粋に『役に立てた』と喜んでいるように見受けられ、普通に接する分にはいきなり激高するようなタイプじゃないようでホッとした。


皆との会話が一区切りしたところで
「あの、野坂さんも犬に噛まれたの?」
と『ヤクザ』さんに話しかけられた。
一瞬、何のことだか分からずにキョトンとしてしまうが、直ぐに荒木と話していた昔話のことだと気がついた。
あまり馴れ馴れしくならないよう、でも失礼にならない程度に返事を返すと
「野坂さんが噛まれたんじゃなくて良かった」
彼はホッとした様子で笑い、自分はいっぱい噛まれたことがあると言った。
その時に腕のタトゥーを触っているのを見て、『あっ』と思った。
変な色のタトゥーだけど、どこかで見たことのある色合いだと感じていたのだ。
『あれ、犬に噛まれた傷が残った跡だ
 友達の腕にもクッキリ残っていて、体育の授業も長袖で受けて隠そうとしてたっけ』
僕がそのことに言及すると、彼は1回だけじゃなく何度も噛まれたと言って恥ずかしそうに俯いた。

見かけで判断されて軽く見られる悔しさを知っていたのに、僕も見た目で彼を判断してしまった。
彼はその外見とは違い、言葉遣いが示すように大人しい(何なら、気が小さい)人だったのだ。
慌てて謝るが、彼はよく分かっていないような表情をしていた。
『僕が勝手にヤクザだと思ってたから、知る由もないもんね
 迂闊なこと口走る前にわかって良かった』
勝手に怯えていた罪悪感もあって、僕はあれこれ話しかける。
そして話の流れで、彼が探偵だと言うことを知り一気にテンションがあがってしまった。
探偵と言ってもペット探偵だそうだけど、それでも僕にはミステリアスな職業であることは間違いなかった。

彼は僕に名刺を渡してくれた。
事務所の番号だけじゃなく、個人的なスマホの番号まで教えてくれる。
大人から名刺を貰うのも初めてなら、連絡先を教えて貰うのも始めてだ。
大きくて怖そうな人に特別扱いされているような優越感がわきおこり、僕はすっかり伊古田さんのことが気に入ってしまった。
それでよく見ていたからだろうか、彼の腕が少し震えてきたことに気がついた。
目の下の隈のせいで分かり難いが、顔色も悪くなっている。
僕も経験があるからピンときた。

彼は脱水症状を起こしているようだった。
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