しっぽや5(go)

□これから始まる物語〈5〉
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side<NOSAKA>

僕の人生、大きな不満はないけれど大きな満足もない。
家は郊外のそこそこ大きな一軒家、少しだけど庭もある、1流企業に勤める父と専業主婦の母に可愛がられ、ヌクヌクとした生活を送っている。
背は低いけど容姿は悪くないと思うし、体型もバランスが取れている。
成績は中の上、運動神経は可もなく不可もなく。
これで不満を言ったら罰が当たると言われそうだが、僕はいつも漫然とした不満を感じていた。

とにかくついてない気がしてならないのだ。
道を歩けば必ず信号や踏切に引っかかり、いつもは通れる道が工事中で迂回しなければならず、乗ろうと思っている電車は遅延する。
目的地に着くまでに他人の1、5倍は時間がかかり、時間にルーズな奴だと思われたことも1度や2度じゃない。
小学生の頃から僕が親友だと思っている友達にはもっと仲が良い友達が出来て、クラスが代わると疎遠になっていく。
良かれと思って助言すればウザがられ、何も言わないと暗い奴だと陰口をたたかれた。
一緒にゲームをやってもやりこんでいる奴にはついていけず、新しいゲームを買ってもらえば買って貰えなかった者から妬まれる。
どうすればもっと要領よく生きていけるのか、サッパリわからなかった。

そんな僕が心を休めて付き合えるのが『読書』だった。
本は僕がいつ読もうが文句を言わないし、憶測で読み進めて結果が違っていてもバカにしたりしない。
新しい知識のみならず、古い知識も増えていくのが楽しくて僕は子供の頃から色んな本を読みあさっていた。
特に好きなのはミステリーや推理系だ。
心の駆け引きを描くのが巧みな筆者の本は、トリックだけでなく人間関係を考える上でも大いに勉強が出来る。
とは言え、本の登場人物みたいに素直になれない自分に、嫌気がさすこともしばしばあった。

気がつくと、僕は世の中を上手く渡っていく他人に対して妬みの固まりのような性格になっていた。



そんな自分を変えたくて、クラスの誰も受験してない家からは少し遠い大学を選んで受験する。
『大学デビューって、どうなんだろ
 でも、ここでダメなら、社会人になんてなれないんじゃないか?
 せめて、最初だけでも友達作らなきゃ』
そう意気込んで構内に入るが、早速、入学式が行われる講堂の場所が分からずに詰んでしまう。
地図は貰っているものの、自分の居場所すら上手く把握できなかった。
『無駄に広いんだよ、勉強するのにこんなに広くなくていいじゃないか』
早速、不満が胸の中を満たしていく。
そんなとき
「一緒に講堂行かない?俺も迷っちゃってさ」
そう言って背の高いイケメンが爽やかに声をかけてきた。
『何でこんなイケメンが急に声をかけてきたんだ?周りに対して困ってる人に優しいアピールのつもり?』
しかし周りを見ても、こちらに注意を払っている者はいなかった。

「ここ、広いよな、試験の時も迷って遅刻しそうになったんだ」
「あ、僕も」
裏がない感じなのを知ってホッとしてしまう自分が嫌だった。
地図を見ながら歩いていたら、同じように迷った人たちと合流して、結局僕達は5人で何とか講堂にたどり着くことが出来た。
その時知り合った人たちとはつかず離れず、良い感じの距離が保てそうだったので、その後も一緒に行動することになった。
親友、まではいかないけど、友達と呼んでも過言じゃない人たちが出来て僕は大学生活が少し楽しくなるのだった。



大学に入って初めての夏休み、皆はバイトで忙しそうだったけど、僕は家で読書三昧だった。
本当は夏休みの間だけでもバイトをしてみたいと思っていたのだが、過保護な母親に止められたのだ。
『近戸達が働いてるスーパーなら、知り合い居るから心強かったんだけどな
 知らない人ばっかのとこで働ける気がしないもん
 バイトもせずにいきなり企業に勤めるとか、嫌だなー
 バイトをしたことある奴は、新卒でも気が利いていて機転がきくから即戦力になる、ってお父さん言ってるじゃん
 僕なんか、就職しても絶対同期と差が付いちゃうよ』
親に対し不満があっても親離れする気がない自分に自己嫌悪を感じつつの読書は、内容が上手く頭に入ってこなくてイライラする、という負のループにはまっていた。
せっかくの夏休み、僕は無駄に不満を抱えて過ごすしかなかった。


さえない夏休みが終わり、学園祭のシーズンになった。
皆、サークルには所属してないけど(いつの間にか蒔田はスイーツ研究部に入部していたが)仲の良い友達を手伝うため当日は忙しそうだった。
『初めての学園祭だし僕も色々見て回りたいけど、1人だと寂しいやつだと思われそう
 でも1人の方が時間を気にせず自分の見たい物だけ見て回れるもんね
 お昼は皆と合流して食べれば良いか
 昼頃向こうに付く感じで、のんびり行こう』
誰かがランチに混ぜてくれることを期待して、その旨メールして根回しすることも忘れなかった。

『うちの大学のミステリ研、どんな感じか知りたかったから行ってみようかな』
そんなことを考えると、学園祭が楽しみになってくるのだった。
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