しっぽや5(go)

□これから始まる物語〈4〉
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「ごめんなさい、タトゥーだとばっかり思ってて、君のこと怖い人なのかなって…
 確かにタトゥーにしてはランダムすぎて、図柄が幾何学的でもアニミズム的でもないね
 雨の日に傷が痛む、とかあるのかな
 首の方まであるよ、よく無事だったね」
野坂さんはさっきより親しげに話しかけてくれた。
そっと腕の傷跡に触れてくる。
その瞬間、今まで感じた事のない甘い痺れが触れられた部分から全身に広がっていき、身体がビクリと反応してしまった。
「ごめん、痛かった?」
野坂さんが慌てて手を離す。
もっと触れていて欲しかった、僕も彼に触れたかった、彼を抱きしめて全身でその存在を確認したかった。
初めて感じた欲望を押し殺し
「ううん、今は全然痛くないよ、噛まれた後に薬を塗ってもらえたからかな
 ずっと前に噛まれたけど跡が消えないんだ、最初は見た人がビックリするみたい」
僕は照れ笑いを浮かべて頭をかいた。
「傷だってわかったら、それはビックリするよ
 尋常な量じゃないもの、無事で良かったね」
それでもまだ心配そうな顔の彼に
「野坂さんって、すごく優しいんだね」
そう告げてみる。
「いや、そんなこと無いよ…」
彼は小声で呟くと俯いてしまった。

「影森さん、全然食べてないじゃない
 早く食べないと無くなっちゃうよ
 あ、向こうの人も影森なんだっけ
 兄弟?全然似てないね、親戚?」
野坂さんは話題を変えるように言うと白久や明戸に目をやった。
「兄弟とかじゃないけど、職場ではそう名乗るように言われてるんだ
 僕は伊古田が名前だよ」
「職場で?偽名が必要な職場?コードネームみたいな?」
野坂さんの瞳に興味の光がともった。
自分では判断がつかず荒木に目をやると、笑って頷いている。
それで僕は思いきって
「あの、ペット探偵の所員やってます
 まだ見習いみたいなもので、教えてもらいながらだけど」
そう言ってみた。

「探偵!!」
野坂さんの瞳が輝いた。
「探偵やってる人、本当に居るんだ!初めて会った!」
彼は身を乗り出してマジマジと僕を見ている。
その瞳に見つめられるだけで、鼓動が速まっていった。
「野坂、ペット探偵だってば
 殺人事件や汚職なんかとは無縁だし、浮気調査すらやってないから
 迷子になった犬や猫を捜してくれるだけ
 俺も近戸も猫がお世話になった縁で親しくしてるんだ」
荒木が言い添えてくれたので、何と説明したものか悩んでいた僕はホッとした。
「猫は分かるけど、犬は帰巣本能ってあるんじゃないの?
 そう言えば、はぐれた猟犬が家に帰る途中に事件に巻き込まれる感じのミステリーがあった気がする
 社会派の作品だったかな
 首輪に証拠品を括り付けた犬を捜して欲しいとか、依頼無いの?」
野坂さんは諦めきれないような感じで聞いてきた。

「無い無い、犬は大体『雷に驚いて』とか『散歩中に喧嘩になって』みたいな理由で迷子になるだけ
 お祭りの時は『屋台の匂いに夢中になって』もあるけど
 飼い主とはぐれたことに気が付くとパニックになるから、交通事故が心配なんだよ
 事故にあったり人間に危害を加える前に確保するのが仕事
 だから、居なくなったことに気が付いたらすぐ連絡欲しいんだよね」
荒木の説明に
「何か、やけに詳しいじゃん
 頼んだのは猫でしょ」
野坂さんは不満そうな顔になる。
「あー、そこのペット探偵事務所が俺のバイト先なんだ
 一応オフレコにしといて、あんまり騒がれると彼らの迷惑になるから
 大きな会社じゃないし、今のとこそんなに手広くやってないんだ
 あ、でも、蒔田のとこの犬が迷子になったら捜索協力するよ」
「いやー、うちの犬はリンゴ園のパトロールしてるんで地理は頭に入ってるし、近所でも有名だから誰かが連絡くれるよ
 なんせ、田舎だからさ、町中知り合いみたいなものなんだ」
「何だー、青森行ってみたかったのに
 ちょっと足延ばせば秋田犬保存会に行けそうじゃん」
「荒木、秋田犬好きなの?俺、秋保行ったことあるよ
 ちょうど子犬が居てさ、可愛かったー」
「マジ?良いなー」
荒木と蒔田さんは別の話題で盛り上がり始めた。

「あの、もし、野坂さんが犬や猫飼ってて迷子になったら、僕、頑張って捜します
 ここに連絡してください
 後、これ、僕のスマホの番号
 覚えられないからシール作ってもらったんだ」
僕は名刺入れから1枚取り出し裏にシールを貼ると、怖ず怖ずと差し出した。
野坂さんはそれを受け取って
「影森…、伊古田さんて優しいんだね」
そう言って少し笑ってくれた。

名刺にはハールクイン柄のグレート・デーンの写真が印刷されている。
「お友達噛んだの、この犬だった?」
恐る恐る聞いてみると
「ううん、茶色くてもっとガッシリした犬
 大人達は土佐の闘犬だって言ってたかな」
彼の答えに背筋が凍る。
それは僕を噛み殺した犬と同じだった。
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