しっぽや5(go)

□これから始まる物語〈4〉
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side<IKOTA>

荒木が通う大学の学園祭、そこに招待された僕は飼ってもらいたい人と出会った。
荒木みたいに小柄で可愛らしい人間、でも彼は大きな犬が怖いと言っていた。
きっと僕が犬だと分かったら絶対に近寄ってはくれないだろう。
人間の姿の今の僕ですら、怯えた目でチラチラと見ている。
隣に座られていることが怖い、と、その目が雄弁に語っていた。
僕も大きな犬は怖いので、その気持ちは痛いほどよく分かる。
どうすれば僕が彼の事を襲うような犬ではなく、飼って欲しいと思っているだけだと伝える事が出来るのか、まったくわからなかった。



「白久、そっちのたこ焼き取って、ポップコーンも」
 飲み物はコーラで、白久は何にする?」
「私も炭酸にしてみます
 荒木、これくらいの量でよろしいですか?」
白久が甲斐甲斐しく荒木の取り皿に食べ物を取り分けている。
飼い主のために出来ることがある彼を羨ましい気持ちで見ていると
「野坂も伊古田に取ってもらえよ、あっち側、届かないだろ?」
荒木がそう言ってくれた。
「自分で取れるよ」
野坂さんは少し険しい声で抗議するが、遠くの物を取ろうとする割り箸がプルプル震えていた。
「あの、僕、お取りします、何が良いか言ってください
 飲み物は何にしますか?」
彼のために何か出来るかもしれないと思うだけで嬉しくて、声が少し弾んでしまった。
彼は何だか驚いたような顔で僕を見て
「あ、じゃあ、お好み焼きとチーズドッグをお願いします
 飲み物は無糖の紅茶を」
小さな声でそう言ってくれた。

『お好み焼きは分かるけど、チーズドッグ?ムトーの紅茶?』
どれのことだか分からず慌ててしまう。
「伊古田、これがチーズドッグだよ
 うちの親、これのこと原宿ドッグって呼んでるけどね
 正式名称何て言うんだろうな」
「伊古田、こちらが無糖の紅茶です
 伊古田は何にしますか?この『良ーい、お茶』はペットボトルですが、あなどれない美味しさです」
僕の状態に気が付いた荒木と白久がすかさずフォローしてくれたので、野坂さんに望みの物を届けることが出来た。
僕が紙皿を手渡すと
「ども」
野坂さんはペコリと頭を下げてくれた。
飼い主に誉められた気がして胸が熱くなる。
「他に取って欲しい物があったら、遠慮なく言ってください」
そう伝えると、彼はまた頭を下げてくれた。

僕が取り分けたお好み焼きを食べた野坂さんは
「香ばしいと思ったら、小エビが入ってるのか
 味は良くなるけどアレルギー表示の方はどうなんだろうね」
そんな難しいことを言っていた。
「粉モンは小麦粉やら卵やら使(つこ)てんねから、今日日(きょうび)アレルギー持ってる奴は買わへんやろ
 甘い系も乳製品バリバリやしな」
「リンゴもバラ科だから、アレルギー出る人は出ちゃうんだよね
 加熱すれば大丈夫な人もいるから、うちのお菓子類を充実させたくてさ
 本当は生で味わって欲しいけど」
「もぎたてのリンゴをそのまま食べるの美味いよなー
 リンゴ狩り行ったことあるんだ、信州の方」
「大学の学園祭でアレルゲン除去食出すのは無理だろ
 あれって調理器具使い回しもダメだし
 こんな時はアレルギー無くて良かったと思うよ」
人間たちが難しそうな話をしているのを、僕達化生は曖昧に頷きながら聞いていた。

もっと人間のことを知らなければダメだ、野坂さんとちゃんと会話できるように勉強しなければ、と思うものの何を学べば良いのか見当が付かなかった。
僕が今分かることと言えば、犬に噛まれると痛い、大きい犬は怖いと言うことくらいしかない。
それでも彼と話をしたくて、人間たちの会話が一段落した時に
「あの、野坂さんも犬に噛まれたの?」
思い切ってそう話しかけてみた。
彼は一瞬『?』と言う表情になったが
「さっきの話ですか?僕は噛まれなかったけど、何人かで一緒に遊んでたときに犬が乱入してきて目の前で友達が噛まれて振り回されたんです
 本当に怖かったですよ」
野坂さんは荒木達と話すときより緊張した余所余所しい感じだったけど、ちゃんと答えてくれた。

「野坂さんが噛まれたんじゃなくて良かった
 大きい犬に噛まれるの、痛くて本当に怖いから
 僕は弱虫だったんで、前にいっぱい噛まれたんです」
『格好悪い会話だな』と思いながらも彼と話せたことが嬉しくて顔が笑ってしまった。
その時、無意識に腕の傷跡をさすっていたようだ。
野坂さんはハッとした顔になり
「え?まさかその腕の柄、噛まれた傷跡が残ってるの…?
 だって、あちこちにあるよ」
マジマジと僕の腕を見つめていた。
「噛まれたの1回だけじゃないから」
恥ずかしくて小声で伝えると彼は複雑な表情になった。
過去の情けない話を聞かせてしまったのに、さっきまでの怯えた顔じゃなくなってくれて、僕はホッとするのだった。
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