しっぽや5(go)

□これから始まる物語〈2〉
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しっぽやに移動する日、カバン1つで旅立つ僕を武衆の犬達が皆で見送ってくれた。
「しっぽやに行ったら空(くう)に面倒見てもらえよ
 俺たちの子分なんだ、弱っちぃけど町中の暮らしには1番馴れてるからさ」
「向こうでもちゃんとバランスよく食べるんだぞ」
「皆マメに自炊してるから、器具の使い方とか教えてもらえ」
「飼い主が出来たら教えてくれな」
この場所で初めて『仲間』と呼べる犬達に出会えた。
怖くない犬もいると知ることが出来た。
「皆も元気でね、また遊びに来るよ」
そう言って別れる存在が居ることが嬉しかった。

「伊古田、波久礼をお願いします」
三峰様が小声で話しかけてくので
「はい、何だかよく分からないけど猫を拾わないようにすれば良いんですよね」
僕も小声で返事を返す。
波久礼を見ると、スマホとかいう小さな板(電話?)をいじっていた。
「伊古田、今出れば昼過ぎには向こうに着けそうだ
 そろそろ行こう」
話しかけてくる波久礼に従い、僕はお屋敷を後にする。
麓の町には行ったことがあったが電車に乗るのは初めてなので、山道を駆け下りている最中ずっとドキドキしていた。


「交通カードを買っておいた方が良いな、駅までの金額を気にしなくて済む」
波久礼に言われるままお金を機械に差し込んでカードを買う。
「多めにチャージしておく方が安心だぞ」
何を言われているのかよく理解できなかったが、言われた通りにやってみた。
「私も昔は何が何だかわからなかったが、クマさんに教えていただいて理解できるようになったのだ
 伊古田も飼い主が出来れば、その人の言うことを理解しようとして覚えられるようになるよ」
カードをマジマジと見ている僕に、波久礼はそう言ってくれた。
「えっと、クマサンって人間が、波久礼の飼い主なの?」
「いいや、神だ」
僕にはまだまだ人間との生活は謎に満ちた物に感じられた。



電車を何度か乗り換えてしっぽや最寄り駅に着いた。
「わー人が沢山居る、お店が沢山あって家も沢山ある
 道路が土じゃないよ、車があんなに走ってる、お金持ちが多く住んでるのかな?」
お屋敷はもとより、犬だったときに見ていた町並みとは大違いで珍しさのあまりキョロキョロと辺りを見渡してしまう。
「ここより都心に行けば、もっと大きなビルが建っているぞ
 人間や車も、もっと沢山いるんだ」
そう聞かされても、僕の想像力を越えていて実感がわかなかった。
呆然とする僕を
「買い物の仕方を教えてあげよう
 麓の町や市場では使えない決済方法も、ここでは利用できる店が多いからな
 今は分からなくとも、飼い主が出来たときにパニックにならずにすむだろう」
波久礼はそう誘ってくれる。
もしかしたら彼自身、支払いの段階でパニックになったことがあったのかもしれない。
僕は神妙に頷いた。


波久礼はペットショップなる場所で、猫用のおやつを大量に買い込んだ。
「支払いはこれで」
波久礼はスマホを取り出して触っている。
お店の人が機械を近づけるだけで支払いは完了してしまった。
僕には何が行われていたのかサッパリわからなかった。
「事務所やマンションに行く前に、猫カフェに寄って良いかな
 荒木と黒谷には夕方に行くと連絡してあるので、心配はされないだろう
 早くこれを届けて、皆の喜ぶ顔が見たくてな」
波久礼は買った物を持参していた買い物袋(今はエコバッグと言うらしい)に詰めながら顔を綻(ほころ)ばせていた。

波久礼に案内されて行った場所には、猫が沢山居た。
尻尾をピンと立て波久礼に近寄って、甘い声で泣いている。
「ひっかいたり噛んだりしてくる事もあるが、彼らは本気じゃない
 もしやられても怯えないでくれ」
波久礼に釘を刺され、僕は恐る恐る頷いた。
液状のおやつをあげるときは大混乱で、袋と間違えたのか指を噛んでくる猫がいたが、波久礼の言うとおりそれは本気ではなかった。
噛まれ馴れている僕にはすぐにわかる。
噛まれても痛くなく、嬉しい気持ちになったのは初めてだった。
「猫って可愛いね」
「そうであろう、それに彼らほど尊い存在は三峰様くらいだ」
波久礼は優しい眼差しで猫達を見ていた。

大量のおやつの差し入れのお礼だと、クマサンがお昼ご飯を作ってくれた。
猫の形を模した美味しいお昼ご飯を食べた後、僕達はしっぽや事務所に向かって行った。


事務所で黒谷と再会すると、彼は僕が来たことを喜んでくれた。
「こんなに早く来てもらえると思ってなかったよ、武衆も案外良い仕事するね
 最初は白久と組んで…、あ、いや、ふかやと組んでもらうか
 彼も他種族と相性の良い大型犬だし、捜索の仕方を習うと良いよ」
黒谷の説明を聞いているときに
「波久礼」
嬉しそうな声がした。
先程猫と触れ合ってきたので直ぐに彼が猫の化生だと言うことがわかった。

「貴方は新入りさん?僕、ひろせって言いますよろしくね」
「あの、伊古田です、よろしくお願いします」
ひろせは自分で作ったというお菓子をくれる。
飼い主のために作ったと言うお菓子はとても美味しくて、飼い主の役に立つ事が出来る彼を羨ましく思うのだった。
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