しっぽや5(go)

□いつまでも4人で
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side<TIKATO>

うっすらと浮上した意識が感じたのは、明るい日差し、胸元をくすぐる柔らかな毛の感触、身体にかかる温かな重みだった。
『白パンが俺に朝ご飯ねだりに来るなんて珍しいな』
ぼんやりとそう思った次の瞬間に、今、自分が置かれている状況を思い出した。

「チカ、おはよう」
俺が目を覚ました気配で、胸の中にいた明戸がニッコリ笑って声をかけてきた。
「おはよう、明戸」
俺も笑顔で答え、明戸の額にキスをする。
『これ、本当に猫の額ってやつなんだ』
思わずそんなバカバカしいことを考えて、ちょっと笑ってしまった。
何だか猫を思わせると感じていた明戸は、本当に猫だったのだ。
今回のことで、俺は恋人が出来ると同時に飼い猫を手に入れていた。
白パンは『家族全員の猫』だから『自分だけの猫』の明戸が愛おしくてたまらなかった。

「今、何時だ?」
左手で明戸の髪を撫でながら、俺は右手でサイドテーブルに置いたスマホを持ち上げて時刻を確認する。
「8時ちょい前か、チェックアウトは遅めにしようってトノと話してあるし、まだ余裕あるな
 あ、電池がヤバい、充電しないと」
俺は起きあがって荷物から充電器を探し出し、慌ててセットする。
「チェックアウトまでには完了になるだろう
 明戸のスマホは大丈夫?」
「んー?よく分かんないけど、これって大丈夫なのかな?
 あんまり使わないし、いつも気にしてないから充電器とか持ってきてないんだ」
同じく起き出して荷物からスマホを出した明戸が、画面を見せてきた。
「60%台か、何かあったときのため俺のが終わったら充電しておこう」
そう言う俺を、明戸は頼もしそうに見ていた。

「飼い主がいるって、良いね
 今の人間の生活の分からないこと、すぐ教えてくれる
 そう言えばふかやとかソシオは充電器持ち歩いてるな
 コンセントに刺さないでも使えるやつ、あれって持ってた方が良いの?」
首を傾げる明戸に
「捜索中とか、あった方が便利だと思うよ
 マップを確認したりっ、て、明戸は猫の気配を追えるから必要ないのか
 でも、乗り換え案内とか利用することあもるもんな
 皆野とは想念ってやつを通わせることが出来ても、事務所に連絡した方が良い事態も発生するだろうし
 こんど一緒に買いに行こう
 ネット通販も出来るけど、デートしたいじゃん」
俺は少し照れながら答えた。
「うん!デートしたい!」
明戸はご飯を前にした猫みたいに元気一杯に答えたくれた。

「取りあえず、シャワー浴びて、昨日イズミ先生がお礼に配ったお菓子でも食べようか
 無報酬、って言っても服を貰えて、豪華な夕飯奢ってもらえて、お土産まで貰えるんだもんな
 太っ腹な企画だよ」
そこまで言って、やっと俺は気が付いた。
「あ!もしかしてイズミ先生も何か飼ってるの?
 『先輩になれる』とか言ってたし、あのマネージャー、しっぽやで働いてたって言ってじゃないか」
自分のニブさに呆れてしまう。
「うん、和泉は久那の飼い主だよ、だから古くからの知り合いなんだ
 知り合った時はデザイナーじゃなく、大学生ってやつだったけど
 今のチカとお揃いだね」
明戸は屈託なく笑っているが、有名デザイナーと同列に扱われるのは恐れ多い気がした。

「あれ?しっぽやでバイトしてて明戸のことよく分かってる風だった荒木も、もしかして?」
恐る恐る聞いてみたら
「荒木は白久の飼い主だよ、白久は俺達猫の布団なの」
何だかよく分からない返事が返ってきた。
「マジか、じゃあ荒木には明戸との関係バレバレじゃないか
 荒木も飼い主なら、まあ、そーゆーことなんだからお互い様か」
一気に情報が頭に入りすぎて混乱してくる。
熱めのシャワーでも浴びてスッキリしたい気分だった。

ユニットバス向かうと、明戸もついてくる。
「一緒に、入って良い?」
上目使いに聞かれ焦ってしまうが
「湯船は平気になったけど、上から水が落ちてくるの、まだ少し怖いんだ
 マンションでは皆野と一緒に入ってるの」
明戸はモジモジと告げてきた。
明戸の前の飼い主は、長雨による山崩れに巻き込まれて無くなっている。
彼にとって、雨は忌むべきものなのだろう。
「そうだね、一緒に入ろう
 俺がいるから怖くないよ」
俺は明戸の髪を撫で、2人でユニットバスに入っていった。


シャワーを出すと、明戸の身体がビクリと震える。
明戸の手を取って降ってくる温かなお湯を少しずつ浴びさせた。
手のひら、腕、首もと、胸、明戸の均整がとれたキレイな肢体にお湯が流れていく。
ボディソープを手に出して身体を洗ってやると、明戸の表情から怯えは消えていった。
代わりに息が上がり瞳が潤んでくる。
その上気した顔を見ていた俺もドキドキしてきて、手早く身体を洗い、その場で明戸と一つになった。

明戸の意識は今は俺にだけ集中している。
身体をのけぞらせて喘ぐその美しい姿に興奮し、俺も急激に高まっていった。
昨晩あれほど愛し合ったのに、まだ思いが枯れることはない。
朝からホテルでこんなことをしていると言う背徳感も手伝い、興奮冷めやらぬ俺達は何度もつながりあった。

結局ユニットバスから出たのは10時を過ぎていて、お菓子を食べるどころではなく、慌てて身支度を整えて部屋を飛び出すのだった。
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