しっぽや5(go)
□古き双璧〈12〉
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side<AKETO>
俺達猫は、基本的にルーチンワークを好む。
いつもと変わらない日常が何よりも好きなのだ。
いつもの時間に起きて、皆野の作った朝御飯を食べ、お弁当を持ってしっぽやに向かう。
依頼がなければ白久布団で惰眠を貪り、依頼があれば皆野と一緒に捜索に出る。
昼にはお弁当を食べ、お茶の時間はひろせが作ったお菓子を食べて皆の飼い主自慢を適当に相槌を打ちながら聞く。
仕事が終わると買い物をして、皆野が作った夕飯を食べ、自伝を書きながらあのお方のことを思い出す。
それが俺の日常だった。
けれどもチカと知り合ってからは、チカと一緒に何かをする、チカの好むものを知る、そんなことが楽しくてしかたがない。
思い起こせば子猫の時は、世界は謎で満ちていた。
草むらをかき分け知らない道を進む、バッタを見つけて追いかける、木々の葉を揺らす風の匂いを嗅いで周りの情報を掴もうとする、いきなり鳴き出した虫の声にビックリする。
起きている間はずっと謎が側にあり、兄弟達と探検するのが何よりも楽しかった。
そんな子猫の時のワクワクする気持ちをチカと居ると思い出すことが出来て、新鮮な気持ちにさせられた。
以前の俺ならモデルをやるなんて、そんな訳の分からない状態を引き受けることは決してなかっただろう。
けれども今はチカが居てくれる。
チカと一緒に出来ることなら何だって楽しいに決まっている、と俺は和泉の提案にのることにした。
皆野も同じ考えなのが手に取るように分かる。
普段は俺よりもおっとりとしている皆野だが、トノと付き合ってからは行動が子猫の頃に戻ったようにアクティブになっていたのだ。
和泉はモデルをした後、ホテルでゆっくり出来る時間を確保してくれるらしい。
和泉がお膳立てしてしてくれたこのチャンスに俺達は賭けることにした。
『過去を転写して正体を明かし、正式に飼い猫にしてもらう』
言葉にしてしまうと簡単な事のようであったが、俺と皆野には簡単には越えられない高い高い何十メートルもあるようなハードルだった。
「チカとトノならそんなことはあり得ないと思うけど
俺か皆野、どっちか片方だけしか飼ってもらえなかったらどうしよう」
心の中の不安が、言葉になって口から出てしまう。
「トノに飼われたい、トノとずっと一緒に居たい
でも明戸とも共にいたいと思う私は贅沢なのでしょうか」
皆野も不安そうな顔で俺を見つめてくる。
「俺だってチカに飼って貰いたいよ
でも、それで皆野と離れるのは嫌だな」
今回の件で
『お互いが居なければいい』
そんな暗い思いに飲み込まれそうにもなったが、やはり俺達には飼い主とは別に兄弟の存在が必要だと痛感した。
俺と皆野はしっかりと抱き合って、お互いの体温を感じながら寝るのが日常だった。
チカと抱き合っているときのドキドキするような熱ではなく、過ぎ去ってしまった幸せな時間を思い出させる安心できる温かさ。
その温かさを感じていると、不安が少しだけ和らいぐ気がした。
「とにかく今は出来ることをやるしかないね、取り敢えずお弁当のメニュー考えよう」
「そうですね、新郷お勧めの爆弾オニギリが良さそうです
中身は何にしましょうかね、やはりお肉の方がトノとチカが喜びそうですね」
「俺的にはシャケとオカカとタラコが入ってたらご馳走なんだけど
唐揚げとか焼き鳥とか入れてみる?
後さ、お弁当と言えば卵焼きだよな」
「そうですね、卵焼きは外せません
とは言え、お肉が多いからウインナーはやめておきますか
おにぎりに豚の角煮とか入れられないですかね」
「具だくさんだから、炊き込みご飯じゃなくて白米にしよう
日野なら5合は食べるって黒谷が言ってたけど、どれくらい炊く?」
「和泉のところでも何か用意してくれているでしょうし、おかずも多いですから5合にしましょう
そもそもうちの炊飯器は5合炊きですよ」
「そうだった
もし、俺達が飼ってもらえたら1升炊きとか買っちゃう?」
「良いですね、トノとチカにいっぱい食べてもらえます」
不安な気持ちから目をそらすため、俺達は実現して欲しい未来の話しに没頭した。
4人で暮らせる楽しい未来、そんなことが起こり得るのか夢物語のようだったが、考えてみれば俺と皆野の前に飼い主候補の双子の兄弟が現れてくれた事自体が夢のようなのだ。
目覚めると消えてしまう夢になるのか、いつまでも夢のような現実が続いてくれるのか、それは俺達の覚悟と頑張りにかかっていた。
「4人だとこの部屋では手狭ですね」
「下のファミリー向けに移らせて貰おうよ
羽生と同じ階とか良いんじゃない?
空のとこだと武衆が出入りするから喧しそう
波久礼だけなら歓迎だけどさ」
俺達はベッドの中でも幸せな未来を語り合う。
このまま寝てしまえば望む未来を夢に見れるのではないか、覚めてしまう夢だとしても俺はそれを見てみたいと思うのだった。