しっぽや5(go)

□古き双璧〈9〉
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side<MINANO>

飼って欲しいと思える人があらわれた。
化生してから人間に対しそんな思いを抱いたことの無かった私にとって、それは自分でも驚くような感情の変化だった。
他の化生の飼い主と一緒にしっぽや事務所の控え室に居るときなどに、人との暮らしを懐かしいと思う気持ちはあったものの強い欲求ではなかった。
あのお方を思い出させる日野のお婆さまと一緒にいる時でさえ、感じたことはない。

大滝 遠野(おおたき とおの)

依頼人の家に行って出会った彼には『共にありたい』という強い欲求を抑えることが出来なかった。
と同時に、前日から様子がおかしかった双子の明戸の気持ちに気が付いてしまった。
きっと明戸も遠野に飼ってもらいたいのだ。
同じ魂の片割れである明戸の気持ちは、いつだって手に取るようにわかっていた。
明戸が居たから化生してからの長い年月も他の者より寂しい思いをしたことはなく、自分達は幸福なのだと思っていた。
しかし遠野の出現により、自分の中に明戸を呪う醜い怪物が居ることに気が付いて愕然とする。
こんな醜い自分が飼ってもらえるわけはない、でも飼って欲しい、明戸と居る遠野を見たくない、ずっと遠野を見ていたい、明戸の側に居たい、明戸なんて居なくなれば良い、矛盾する感情に翻弄され私の心は闇に飲み込まれていた。

私の心の闇を気付かせたのが遠野なら、そんな闇から救ってくれたのもまた遠野であった。
一緒に捜索に行きたいと言い、地理に不案内な私の側にいてくれた。
捜索対象の猫の気配のしっぽしか掴めていないにも関わらず、皆野になら見つけられると微笑みながら励ましてくれた優しい遠野。
一緒にランチを食べたときは、連れて行ってくれたお店の料理の美味しさに感動した。
そしてそれは『飼い主と一緒に食べている』という、極上のソースを味わっているのだと幸福な気持ちになった。
彼の放つ光が余りにも温かく眩しくて、包み込まれているだけで私の存在も浄化されていく気がした。

しかしその感覚も、明戸に再会して消し飛んでしまう。
明るく快活で機転が利き皆に慕われている明戸、きっと遠野は共にいる猫として明戸を選ぶだろう。
遠野の光が眩しければ眩しいほど、照らされた自分に出来る影は濃く深くなるのだと気が付いて慄然とした。
明戸に遠野と一緒に捜索するというメールを送ってしまった自分が、呪わしいと思ったのだ。
それは遠野の役に立つどころか捜索の足を引っ張る、ペット探偵としては最悪の感情だった。
明戸の前から逃げ出すものの、運動ではとうてい明戸に適わない。
駆けだした私に明戸は直ぐに追いつくと
「俺には皆野が必要なんだ、俺達、同じ魂じゃないか」
そう言って、私をしっかりと捕まえた。
そして、自分が飼ってもらいたいのは遠野の双子の弟、近戸さんであることを教えてくれた。

そうだ、私達は同じ魂で違う存在なのだ。
一組の夫婦を『あのお方』として慕いあった私達は、今度は双子の兄弟を『あのお方』として慕いたいと思った。
近くて遠い、同じでいて違う、同一の矛盾する存在の明戸と私。
だからこそ私達は離れられないのだと、絆を強く感じるのであった。


2人揃った私達は無敵だ。
少しひやっとさせられたけど、直ぐ無事に捜索対象の白パンさんを捕獲する事に成功した。
それは白パンさんの計らいによるところが大きかったけど、遠野、トノに誉められる喜びの方が大きかった。
明戸もチカに誉められて大きな幸せを感じており、私達の喜びは倍増する。
二つの存在だと負の感情も倍になるけれど、その後に訪れる幸福の感情も2倍になる喜びを知る。
私達にとって、お互いの存在は必須なのだった。


捜索を終え、トノの家への帰り道、白パンさんを抱っこしたチカと明戸は楽しそうに話しながら先に立って歩いていた。
明戸の方が1日多くチカと接しているせいで、2人の関係はとても親しいものに見える。
私とトノはまだ少しぎこちない。
けれども明戸を羨ましいと思う気持ちより、私とトノもこれからあんな風になれるのだと、その行程を考えるだけでドキドキすることが出来た。
明戸にとっては過ぎ去ってしまった時間を今から私だけが堪能する事が出来る、そんな風に前向きに思えるのはトノが側にいてくれるからだった。

並んで歩くトノが、そっと手を繋いできた。
「皆野、俺、チカに張り合いたくて付き合いたいって言ったんじゃないからね
 一目見たときから皆野のことが気になって、一緒に居ればいるほどステキな人だなって思って、だから、その…」
気持ちを上手く言葉に表せないトノに
「私も一目見たときから、トノの事が好きになりました
 『勘』と言うと不確かなもののようですが、それでもこの気持ちに間違いはないと思っています」
私はそう伝える。
「うん、そうだね」
トノは頷くと、しっかりと私の手を握ってくれた。

長い間待ちこがれていた飼い主の手。
私はそれを手に入れつつあるのだと、今まで感じたことのないような喜びが湧いてくるのだった。
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