しっぽや5(go)

□古き双璧〈7〉
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side<AKETO>

まだ白パンを発見できていないけど彼の無事は確認できているし、俺が近戸に好かれれば姿を現してくれる。
そんな楽観的な状況での近戸とのランチに、俺のテンションは上がりまくっていた。
昨日も入ったファミレスで、また近戸とお揃いのメニューを頼む。
いつもは皆野の手料理を食べることが多く出来合いのものや外食は味が濃かったり脂っこく感じることもあるが、近戸と一緒に食べると素晴らしく美味しいご馳走に早変わりした。


「俺、トンカツはヒレカツが好きなんだ
 ヒレカツ丼あると、つい頼んじゃうんだよなー」
美味しそうにヒレカツを口にする近戸を見て、普段は魚メニューを好む俺もヒレカツが好きになった。
『飼い主の好きなものを好きになっていく…
 モッチーの影響でコーヒーに拘(こだわ)りをみせるようになったソシオ、タケぽんが喜びそうな新作のお菓子を考えるひろせ
 彼らの気持ちが、やっと理解できた
 いつかはゲンの健康に配慮した料理を作る長瀞のように、近戸の体を気遣えるメニューを作れるようになりたい』
そんなことを考えていた俺は、少し惚けていたようだ。


「そういえば今日って、2人体制で挟み撃ちを狙うって言ってたよね
 相方さんってどうしたのかな
 俺も挨拶くらいしないと悪いよね」
いきなりの近戸の言葉が俺の心を撃ち抜いた。
そうだ、昨日俺は近戸にそのことを伝えていた。
皆野と近戸を会わせることを恐れながら、それでも近戸の為に白パンを早く発見したくて、俺達のどちらも飼ってもらえない絶望を抱え、俺だけが飼ってもらえる希望を夢見てそう言ったのだ。
近戸にしてみれば、今まで俺が1人で無駄に歩き回っているだけに見えたろう。
何で2人で協力して直ぐに白パンを探してくれないのか、不振に思ったことだろう。
優しい近戸はずっと俺に付き合って一緒に探していてくれたが、ついに業を煮やしてしまったのだ。
皆野と挨拶をしていない、と言うことはすれ違ってしまって会えなかったようである。
依頼主と接触できなかった皆野が、俺抜きで白パンを探すのは無理だ。
俺のさもしさが、今回の依頼達成の妨げになっていることは明白だった。

顔から血の気が引いていくのがわかった。
目の前が真っ暗になり、座っているのに今にも倒れてしまいそうな気がしていた。
こんな俺が近戸に飼ってもらえるはずはない、先ほどまでの幸せな時間は遠くなっていき決定的な絶望感に包まれた。


「あ、いや、都合つかなくて来れなくなったならしょうがないよ
 明戸が来てくれただけで十分嬉しいから
 俺、明戸のこと好きだし」
聡い近戸は俺の状態に気がついたのか、慌ててフォローするような事を言ってくれた。
『明戸のこと好きだし』
彼からのその言葉が何度も俺の頭の中に繰り返される。
『え?俺のこと好き?好きってどんな風に?飼っても良いって思えるくらい?
 ヒレカツとどっちが好き?オレンジアイスティーより好きなの?
 それとも、社交辞令で言ってるの?』
混乱しすぎて自分でも何を考えているのかわからなくなってきた。
「なんて言うか、その、俺…」
近戸も自分の言葉に混乱しているようで、頬が真っ赤に染まっていく。
俺は2人お揃いで混乱している今の状況が、不思議に心地よく感じ始めていた。

「ヒレカツより、俺の方が好きってこと?」
恐る恐る聞いてみると近戸はぽかんとした表情で俺と手元のヒレカツ丼を見比べていたが、照れたように笑って
「うん、そうだね、明戸の方が好きだ」
そうキッパリと言ってくれた。
「アイスオレンジティーより?スポーツドリンクより?」
食い下がる俺に、彼は頷いて肯定の意を表した。
「………、皆野より?」
祈るように問うと
「ミナノ?そんな食べ物あったっけ?
 薄いクッキー?あれはもえぎのか…和菓子的なもの?」
近戸は本気で悩んでいた。
「皆野は今日、一緒に捜索するはずだった同僚
 挨拶しに家に行ったでしょ?」
確認するように聞く俺に、近戸はバツの悪そうな表情で
「ごめん、俺、明戸が家に来てくれたとき外にいたんだ
 玄関先であいつとしゃべってたの確認して、そのままコンビニに行っちゃって…
 申し訳ないけど、相方さんには気がつかなかった」
そう答えてうなだれてしまった。

「俺、途中で車降りてコンビニに行ったから、近戸の家には行ってないよ
 多分、近戸が見たのは皆野だ
 ネクタイ、緑だったんじゃない?」
「ネクタイの色まで確認できる角度で見てなかった
 でも、確かに明戸だと思ったんだけど」
自信を無くしていく近戸に
「皆野は双子の兄弟で、俺達そっくりなんだ
 だからいつも違う色のネクタイしてて、人間にはそれで見分けてもらってる」
俺はそう伝える。
個々の気配を感じ取れる化生でも時に間違えることもある程、俺達は似ているのだ。
事情を知らない人間の近戸が見間違えるのは無理もないことだった。

近戸はもの凄く驚いた顔で
「明戸も双子なの?」
そう口にする。
今度は俺が驚く番だった。
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