しっぽや5(go)

□古き双璧〈3〉
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荒木は持っていた鞄から地図を取り出した。
「俺が白久とクロスケを探してたとき、地図に色々書き込みしてたんだ
 あのときの白久、スマホとか持ってなかったし、良い地図アプリもなかったからさ
 今回も使えるかなって思って持ってきた
 リアルタイムで情報共有出来ないけど、通話すれば済むことだし
 こんなの必要なくて、明戸が直ぐに見つけちゃうかもしれないけどね」
荒木は地図を指し示し
「ここが近戸ん家、こっちに大きい道路があってそっちには行ってないと思うから、俺はこの辺で聞き込みしてみようかなって思ってる
 ナリがいてくれるなら、道路側はナリにお願いした方が良さそう
 明戸は、地図を見ただけじゃ気配とか痕跡とか掴めないよね
 現地で感じたままに行動して欲しいんだ」
そう指示をする。
「そうだな、確かに大きい道路は避けると思う
 もし、家よりも静かな場所を求めているならね」
俺の言葉で2人は全てを察したようだ。

「やっぱり、そう思う?」
辛そうな顔で聞いてくる荒木に
「猫だったとき、そうやって消えた婆さんを知ってる
 しっぽやで捜索してても、たまにあるケースだよ」
俺はきっぱりと答える。
『俺ならば生きた状態で発見できる』とは限らないと、暗に釘を刺したようなものだった。
「もちろん、最善は尽くす
 ただ、どんな結果でも、その猫の意志を尊重してくれるとありがたいけどな
 静かなところで逝くのは、最後の望みなんだ
 俺としては叶えてやりたい」
俺が言うと荒木の目に涙が光る。
暫く黙っていたが
「うん…それでも、猫には不本意かも知れないけど、骸だけでも…発見…して欲しい…」
絞り出すような荒木の言葉に、俺は軽く頷いて答えた。


暫く車内は無言だった。
窓の外を風景が過ぎ去っていく。
猫だったときに車に乗せられたことは何度もあったが、ケージに入れられていたのでなにが何だか分からなかった。
自分がすごいスピードで移動している事にも気が付いていなかった。
『この唸る鉄の箱が、俺をあのお方の家に連れて行ってくれたんだよな』
ふいにそのことに気が付いた。
そう思うと病院に連れて行く悪魔の箱とばかり思っていた車が、ほんの少し怖くなくなった。
運転しているのはナリだし隣に座っているのは荒木で、どちらも猫の味方の人間、俺に危害を加えない安全な場所だ。

車内は温かく、走っている振動が心地よく感じるようになっていた。
心なしか良い香りもしている気がした。
『ふかやが言ってた車の芳香剤ってやつ?それとも外の空気が入ってきてるのかな、この辺って自然が多いのかもな』
俺はキョロキョロと辺りを見回し
「この町、空気美味しいね
 山に近かったあのお方の家みたいだ」
そういう俺に、荒木もナリも訝しげな顔を向けていた。

「いや、国道走ってて空気悪いから、窓、きっちり閉めてるんだけど」
「ナリ、エアコンにアロマとか垂らしてる?俺には感じられないや」
「動物の送迎にも使うかもしれないから、芳香剤の類(たぐい)は全く使ってないよ」
人間たちは首を捻っている。
「そうなの?何か良い匂いがするんだ、何だろう
 焼き魚とかチーズとか、食べ物じゃないんだよなー」
良い匂いは強くなっていくようだ。
「匂い…確かソシオもそんな事を言ってたけど…まさか…?」
ミラーの中のナリの瞳が射るように俺を見ていた。

ナリの視線を深く考える前に車内に音楽が流れる。
「っと、近戸から電話だ、ナリ、そろそろだよね」
気が付くと車は住宅街を走っている。
「もしもし、おはよ、もう近くまで来てると思う
 派手なピンクの壁の家を通り過ぎたとこ
 あ、そうそう、左手に青い屋根の家がある
 わかった、直ぐ着く」
電話を切った荒木が
「ナリ、2個目の角を左折して
 その正面が近戸の家なんだ、外で待ってるって」
ナリに指示を出す。
俺は遠くに荒木の声を聞きながら、圧倒的な光の奔流を目撃していた。

先ほどまで感じていた良い匂いが霞むほどの光。
目が痛くなる物ではない、優しく俺を包み込んでくれる暖かで優しい煌めく光。

『俺は、猫にドッグフードをあげていたのか』
『おまえの名前は「あーにゃん」だな』
『あーにゃん』

あのお方に再び会えたような慕わしく愛おしく嬉しく楽しく、弾けるような喜びをもたらす光。
光の奔流で何も見えなかった。

俺は涙を流して光を凝視していた。
「明戸、もしかして」
そう声をかけてきたのは荒木なのかナリなのか、今の俺には分からなかった。
光の中から出てきた人影が
「おはようございます、今日は遠いところ、わざわざお越しくださってありがとうございました
 よろしくお願いします」
そう声をかけてくる。
その声のあまりの優しさに、俺は何も答えることが出来なかった。

『この人の側に居たい、共にありたい』

ただその想いだけが体中を支配するのであった。
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