しっぽや5(go)

□古き双璧〈2〉
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翌日は朝ご飯を食べると、俺達は別行動になった。
しっぽやの休みも殆ど2人一緒に取っていたので、1人で出勤するのは少し緊張してしまう。
しかし事務所の控え室で事情を知った皆に囲まれ声をかけられて、いつもの調子が戻ってきた。
「皆野は大丈夫ですか?皆野でもうっかりすることって、あるんですねえ」
「手当が早ければ、痕は残らないと思います
 私もすぐカズ先生に診てもらったおかげで、キレイに治りました」
「おかずの差し入れを持って行った方が良いですか?
 それとも夕飯を私の部屋に食べに来ますか?」
「皆野の分も、俺、捜索頑張るよ!今日の捜索件数No.1は俺かも」
「僕も、猫の捜索に出るからね」
皆に気にかけてもらえることが、皆野が側にいない寂しさを埋めるように感じられ嬉しかった。

「大丈夫、本人は平気だって言ってるし、上手く連携とれとれなさそうだから大事をとって休むって感じだよ
 俺1人だって猫捜索No.1の座は守ってみせるって
 今日の夕飯は豪勢に寿司を買う予定なんだ、長瀞の手料理はまたの機会に堪能させてよ
 皆野の分まで白久と寝なきゃいけないし、今日は忙しいぞ」
俺の言葉で皆が笑う。
特別なことは何も起こらない、皆野が居ないという以外はいつものしっぽやで過ごす1日と変わらない時間が過ぎていった。


お昼を食べて暫く過ぎた頃、猫の依頼が1件入る。
午前中は子猫の依頼ばかりで俺も長瀞も出そびれていたため、次こそはと言う思いがあった。
「11歳の短毛白黒猫
 今の飼い主さんの家には来たばかりなんだって、だから土地勘ないかもね
 前の飼い主さんは高齢の方で、亡くなってしまったらしいよ」
暗い声で言う黒谷の言葉に
「白黒短毛なら俺の分野だ、俺が出る」
俺はそう宣言する。
長瀞も頷いて
「補佐が必要なようなら、すぐに呼んでください」
真剣な声で言ってくれた。
高齢の飼い主に先立たれた悲しみを、彼も知っているからだ。
あのお方は『高齢』という感じではなかったが『定年退職』していたので、やはり俺も心穏やかではいられない依頼だった。



依頼主の家に出向き、詳しい話を聞いて俺は捜索を開始する。
元の家に戻ろうとしているのではないかと当たりをつけ気配を辿ってみるが、今の家にはほとんど気配が残っておらず掴み所がなかった。
『前の飼い主と暮らしていた場所が、この猫にとっての居場所なんだ
 …俺と一緒か』
本音を言えば、俺にとっても今の生はあのお方との暮らしの合間に見ている夢に過ぎない気がしていた。
あのお方もお母さんもまだ生きていて、暖かな縁側でみーにゃんとくっついて寝ているだけ。
起きた後『不思議な夢を見たよ』なんて言い合いながら身繕いをして、外に見回りに行こうか茶の間のあのお方の元に行こうか贅沢な悩み事をするのだ。
あの場所こそが、俺の本当の居場所なのだった。

暗くなっていく思考をかき消すよう、俺は頭を振って気持ちを切り替える。
皆野が居ないせいか、思いが捜索対象に引きずられてしまっていたようだ。
しかしそのことが幸いしたのか『帰りたい』という微かな思考の糸を掴むことが出来た。
元の家から新しい家は電車で何駅も離れている。
完全室内飼いだった猫には土地勘がないはずなのに、それでも的確に元の家に近付いているのはそれだけ『帰りたい』という思いが強いのだろう。
全身の感覚を頼りに、幸せの場所に帰ろうとしていた。
俺はその微かな思いを手放さないようにしながら、目標に向かい進んでいった。


夕方の町は人が大勢居る。
学校が終わった子供や若者の姿が目立ち、夕飯の買い物に急ぐ人がスーパーや商店を賑わせていた。
交通量も増えてきたのは懸念材料だったが、目標の歩みは遅くなっていた。
やがて疲れ果てたように気配は止まる。
今が追いつけるチャンスだと、俺は小走りで進んでいった。


外階段が付いている2階建てのアパート、その階段の下に猫がうずくまっている。
俺よりも白毛が勝るハチワレ猫、依頼のあった猫に間違いなかった。
『帰ろう、飼い主が心配しているよ』
俺の言葉は、その猫の心に届かない。
『俺にも帰りたい場所がある、でももう帰れないんだ
 君には新しい居場所がある、送ってあげるからおいで』
安心させるようそう語りかけているとき、階段脇のドアが開き住人が出てきた。
「やだ、猫、ここペット禁止なのに」
若い女の人が眉をしかめてジロリと俺達を睨んでいる。
「すいません、迷子の猫を連れ戻すよう依頼された者です」
俺は名刺を差し出したが、彼女は胡散臭そうな目を俺に向けていた。
「汚いから早く連れてって」
冷たく言い放つとドアを閉められた。

後に残された俺達は人間からの悪意が突き刺さり、惨めな気持ちになっていた。
俺は持ってきていたキャリーに猫を入れ、依頼主の家に向かう。
ケージの中の猫からは何の反応も返ってはこなかった。
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