しっぽや5(go)

□古き双璧〈2〉
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side<AKETO>

猫だったとき、夕飯が出来るまでの時間は俺とあのお方の大事な時間だった。
お母さんにベッタリの皆野は、台所で料理中のお母さんにまとわりついている。
あのお方は茶の間でテレビを見ながら、胡座(あぐら)に収まっている俺を撫でてくれるのだ。

台所から良い匂いがしてくると『今日はサンマだ』『肉じゃがだ』『カレーだぞ、お代わりしないとな』そんな風に、今夜の献立を予想して教えてくれていた。
『早く食べるには、座ってちゃダメだ』やがてあのお方は立ち上がり、茶碗や箸を用意し始める。
「電子レンジ」なんてものがある時代では無かったので、昨日の残りのおかずは冷蔵庫からそのままちゃぶ台の上に並べていた。
お母さんが温かいおかずと味噌汁を持ってきて、ご飯を茶碗によそう。
俺と皆野のお皿には、あのお方がカリカリを入れてくれた。
お刺身や焼き魚のご相伴にあずかれることもある。
俺は『夕飯』という時間が大好きだった。



それは化生した今も変わらない。
皆野がおかずを作ってくれている間、俺はテーブルに茶碗を並べていく。
流石に残り物はレンジで温め直すが、あのお方の行動をマネしていることが楽しかった。

「あっつ!」
キッチンから皆野の悲鳴が上がり、同時に左腕が痛んだ。
「大丈夫か、皆野!」
慌てて駆けつけると皆野は左腕に流水を当てながら
「久しぶりに、やってしまいました」
そう言って苦笑していた。
今日の献立は『長瀞特製ふりかけ入りコロッケ』だ。
「揚げたてを腕に取り落としてしまいましたよ
 せめて長袖を着て調理すべきでした
 すぐに冷やしたので、大事にはならないでしょう」
何でもないことのように言っているが、腕の痛みはひいていない。
皆野が感じている痛みが、俺の中に流れてきているのだ。

「お母さんも、揚げ物作ってて火傷することあったっけな
 お揃いだ
 後は俺が揚げとくから、皆野はちゃんと手当しとけよ
 お母さんが火傷すると、あのお方が後を引き継いで揚げてたもんな
 俺は、あのお方とお揃いだ」
俺の言葉で皆野は懐かしそうな表情になる。
「お父さんが後を引き継ぐとき、必ず言いましたよね」
「「お前ほど、上手くは揚げられんがな」」
2人で同時に言葉にして、俺達は笑いあった。
それは同じ幸せを過ごしてきたからこその笑いだった。


「カズ先生に診てもらった方が良いよ、これ、明日も痛みそうだ
 黒谷に電話して、予約入れてもらいな」
新たなコロッケを油に投入しながら言うと
「やっぱり明戸にも痛みが飛んでしまってますか、捜索の連携にも支障が出そうですね
 それも併せて、黒谷に相談します」
皆野は素直に頷いた。
「皆野が暫く休むことになったとしても、このコロッケを差し入れに持ってけば、皆気にしないって
 あ、せっかくだからカズ先生のとこにも持ってこうか
 診療所の診察時間前に特別に診てもらうことになるからさ
 やっぱ、コロッケ揚げるときは大量に作るのが良いね
 良い賄賂になる」
俺が笑うと
「あのお方の天ぷらも近所に配ると、炊き込みご飯や蒸しパンになって返ってきましたっけ」
皆野もクスクス笑っていた。


俺がコロッケを揚げている間、皆野は黒谷に連絡したようだ。
「明日、朝8時に秩父診療所で診てもらえることになりました
 明日から3日、休んでも良いそうです
 明戸1人で捜索の方、大丈夫ですか?」
「大丈夫に決まってるだろ、たまには皆野はゆっくり休んでな」
最初に揚げておいたコロッケを皿に盛り、千切りキャベツを添えてメインディッシュが完成する。
インスタント味噌汁にお湯を注ぎ、ご飯をよそって、俺達は夕飯を食べ始めた。

「明日は白久布団で寝れないのが残念ですね」
皆野はため息をついている。
十分に冷やし軟膏を塗ったガーゼを包帯で巻いているが、火傷した部分が熱を持っているのが伝わってきた。
「皆野の分も、俺が白久と寝て、捜索も頑張る
 皆野は火傷を治すことを頑張ってよ
 夕飯は、俺が寿司でも買って帰るかな、たまには贅沢しよう」
俺は一応釘を刺しておく。
そうしないと1日中、常備菜や煮込み料理を作って忙しなく過ごしていそうだったからだ。

「そうですね、無理はしないように過ごします
 お昼はカップラーメンで楽をしてみようかな
 『鯛出汁』と言うのが気になって買ってみたのがありますから」
「俺もランチ用に同じ物を持って行こう、塩なしおにぎりも
 あのお方はラーメンのスープにご飯を入れて食べるのが好きだったからなー
 お母さんには『塩分と栄養が』って嘆かれてたけど」
「お父さん、美味しそうに食べるから強くは止められないんですよ」
また、会話は幸せな過去へと帰っていく。

俺達が新たな飼い主を得ることに熱心でないのは、魂の片割れが側に居るせいだ。
けれどもこの幸せを手放してまで、新たな道に進む気にはどうしてもなれないのだった。
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