しっぽや5(go)

□古き双璧〈1〉
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翌日、久しぶりに登校した俺は昼休みの食堂でひろせのクッキーを皆に振る舞った。
知らない人(猫だけど)の手作りお菓子なんて引かれるかと思ったが、皆は気にすることなく口にしてくれた。

「美味しい!プロの作ったお菓子みたいだっよ
 ちょっとしっとりしたクッキーにりんごジャム、良いね!
 ドライアップルものってるしりんご感満載!
 ただ、ドライアップルを焼くと風味が飛びすぎるかな、生でいきたいところだけど日持ちが問題になるか
 コンポートの方が良いかも
 りんごお菓子の展開、やってみたいんだよね
 そうすれば、台風で落ちたりんごの使い道も広がるし
 荒木、これ作ってくれた人にうちのりんごあげるから、日持ちして手軽に食べられるお菓子の開発、お願いできないかな」
さすがはりんご農園の息子、いつもは大人しい蒔田(まいた)はりんごが絡むと饒舌になった。
「良いよ、アップルパイも工夫してチャレンジしたいって言ってたし
 りんごって、お菓子の幅ひろいのな」
「そうそう、1日1個のりんごで医者いらずって言うし、身体にも良いんだよ」
盛り上がる俺たちに負けない勢いで
「よっしゃ、次は俺とマイタンの東京観光の成果を見せたるわ!」
久長(ひさなが)が大きめのビニール袋を取り出した。

「お約束の、雷おこしや!
 何や、ぎょーさん味があるねんな
 よお分からんから、詰め合わせの大袋買(こ)うてきた
 実家にも送ったら、オカンが飴チャンの代わりに『雷ちゃん』言うて近所に配って歩いてるって、ねーちゃんから連絡きたわ
 そこは『おこしちゃん』やろって、うちのオカン、ほんとボケに徹しとるやろ」
早速封を開けて、皆で中身を確認する。
「抹茶味、ミルク味、アオノリ味、チョコ味、これはオーソドックスなやつか」
「こっち、ゴマだって
 僕が子供の頃にお土産でもらったのと違って、美味しそうじゃん
 あ、僕もお土産があるんだ
 休み中、従姉妹が遊びに来てたんだけど、叔母さんに山ほどお土産持たされててさ
 食べきれないから持ってきた」
野坂(のさか)が鳩の形のサブレが入った箱をテーブルに置く。
その上に、犬の顔をしたサブレの箱も置いていた。

「どんだけサブレやねん!」
すかさず久長が突っ込むと
「もう、うちの家族で散々突っ込んだよ
 叔母さん、可愛い形のお菓子見ると、見境無く買っちゃうんだよね
 『お土産』ってなると、歯止めがきかなくなってさ
 これ、別に叔母さんとこの名物ってわけじゃないんだ」
野坂はため息を付く。

「で?従姉妹って可愛い子なんか?自分、GWはウハウハやったんとちゃうの?」
久長が野坂をウリウリと肘でツツいている。
「中2と高1のキャピキャピ姉妹
 2人で原宿でクレープ食べたいだの服を買いたいだのウルサくて
 挙げ句の果てに渋谷のスクランブル交差点を見たいって言い出してさ
 交差点だよ?そんなのどこにでもあるじゃん」
野坂は心底呆れた顔をする。
「彼女達の世話は母親に丸投げして、僕は予定通り映画を見に行って、原作読み返して、積ん読を3冊消化した
 有意義なGWだったな」
最後は満足そうな野坂に
「で、3冊読んで5冊買うた、と
 積ん読、増えとるやん」
久長が突っ込んだ。
「え?何で分かったの?エスパー?」
慌てる野坂に
「マジか…ボケたつもりやってんけど」
さすがの久長も呆れた顔を見せていた。

「しかし、これはここで食いきれん量やな」
久長の言葉でハッとする。
日野とお茶するなら、これでも足りない量だと考えていたからだ。
いつのまにか食べ物の量への感覚が狂ってしまっていたらしい。
「荒木が持ってきたのは手作りだし今ここで全部食べて、後は分けて持ち帰ろうか」
蒔田の提案に
「小分けできる袋、持ってこなかったの失敗だったね」
野坂が難しい顔をする。
今日はいやに大人しい近戸(ちかと)が
「あ、俺、ジップロック持ってるから、それに入れようか」
そう言って鞄から人数分のビニール袋を取り出した。
「用意ええな、こうなる展開、予想してたな?
 ほら、野坂、エスパー?って聞いたりや」
茶化すように久長が言うと
「いや、カリカリを小分けにしようと、学校に来る途中で買ったんだ
 俺だけ土産物持ってきてないのに、袋だけ用意しててごめんな」
近戸は照れくさそうに笑っていた。
しかしその笑顔には力がないように感じられた。

「また猫かいな、ほんま猫好きなんやな
 チカやんはバイトで疲れとんのやろ?勤労青年にたかろうなんて思っとらんから気にすんなや」
「1日から5日まで5連勤、客が多くてやることイッパイあったから1日10時間位働いてたよ」
近戸の言葉に蒔田以外は絶句する。
「10時間なら普通だよね
 収穫期の農家だと14、5時間労働もざらだけど」
その感覚の違いに
「僕、好き嫌い無くします」
「農家の皆さん美味しいお野菜ありがとさんです」
「今日もご飯が美味しいのは、農家の皆様のおかげです」
「感謝しかない…」
俺達は祈りを捧げる事しか出来ないのであった。
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