しっぽや5(go)

□古き双璧〈1〉
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side<ARAKI>

ミイちゃんのお屋敷に行ったGWの楽しい気分は、帰ってきてからも続いていた。
しっぽやでのバイト中でも、ふとした瞬間にあの山の空気と気の良い武衆達を思い出してしまう。
「あー、明日から学校か
 一気に日常に戻っちゃうなー」
俺は壁に掛けてあるカレンダーの日付が、現実を突きつけているように感じていた。
日野からメールが来るので、お屋敷が今どんな状況かは確認できていたが、自分で体験したかったと言う思いも拭いきれなかった。

「黒谷が揚げたゴマ団子、武衆の皆は凄く喜んでたって
 揚げてある甘いもの、皆好きだもんね
 で、ミイちゃんは『豆花(トウファ)』がツボに入ったらしくレシピを教えて欲しいって日野に頼み込んだらしい
 確か中華系ファミレスの今期のスイーツじゃなかったっけ?
 ミイちゃんがこっちに来たら、連れてってあげたいな」
俺は黒谷の代わりに所長席に座る白久に話しかけた。
「きっとお喜びになりますよ
 しかし、そう言われると私も気になりますね、今度一緒に食べに行きませんか」
「うん!最近行ってなかったもんね
 麻婆豆腐とか、学食に無いメニュー食べたいな
 いつか、横浜中華街とかも行ってみよう」
雑談をしながら、俺はしっかりとデートの約束も取り付けていた。

「ミイちゃんのお屋敷って、そんなに良かったんですか?
 夏に修行に行くの楽しみになってきた」
タケぽんが冷たい麦茶を持ってきてくれる。
氷と氷が触れあう爽やかな音がした。
山では肌寒く感じることもあり夜は上着が手放せなかったが、帰ってきたこちらは初夏を思わせるような陽気だった。
「標高が違うせいか、都市熱のせいか、こっちはもう初夏だね
 タケぽん、山の寒さを舐めるなよ
 夜になるとうんと冷え込むんだ
 夏でも上着持って行かないと風邪引くぜ」
俺は先輩ぶって、蒔田に注意されていたことをもっともらしく言う。
「高さはそんなに無いけど滝があるから、滝行とかする時はハスキーが降ってこないことを祈るんだな」
「え?え?なんスかそれ?」
このアドバイスは自分で言ってて意味不明だと思ったが、真夏の川だしあの2人が滝遊びに興(きょう)じる可能性は高かった。

「俺も夏休み中に何日か泊まりに行きたいな
 日野も行きたがるだろうし、和泉先生も来るかもしれないし、離れの争奪戦になりそう」
「でも、ミイちゃんのお屋敷って凄く広いんでしょ?
 泊まらせて貰う部屋なら、いっぱいあるんじゃないですか?」
色々と状況が飲み込めないタケぽんは首をひねるばかりだった。
「ま、離れに泊まらせて貰えばわかるって
 使った後のシーツ類は、自分で洗濯すること
 乾燥機付き全自動洗濯機あるから、楽だよ
 着替えを持って行くのも最低限ですむしね」
「確かに、汗かいたり汚した時とか洗濯できると便利かも
 俺、山道で滑りそうな予感しかしないから
 汚しても良い古いTシャツやジャージを修行用に持ってこっと
 山で修行までするんだ、もっとひろせの役に立てるよう、能力上げて帰ってこなきゃ」
タケぽんはやる気満々で力こぶらしき物を作って見せた。
武衆の犬達を見た後だとタケぽんに筋肉が付いたと思ったのは錯覚だったのでは、と感じたが
「あの山の中を犬と一緒に走り回れば、良い運動になると思う
 せっかく筋肉付いてきたんだ、頑張れ」
俺はそうエールを送っておいた。


「荒木、武衆達に巻き寿司を作ってあげたんですってね
 皆、とても喜んでいました」
ニコニコしながらひろせが話しかけてくる。
大型犬好きのひろせはお屋敷にいる間、武衆の犬達に可愛がられていたので今でも連絡を取り合っているようだ。
「俺に出来る、唯一の得意料理だからね
 でも、炊事係の彼らの方がキレイにきっちり巻いてたよ
 やっぱ年季が違うって思った」
「彼らにとっては『自分たちのために人間がなにかをしてくれる』と言うことが嬉しいんですよ
 皆、新しい飼い主と向き合うこと、前向きに考えるようになってました
 本当にありがとうございます」
ひろせが頭を下げると、柔らかな髪がふわっと広がった。

「それでお礼に、と思ってクッキー焼いてきたんです
 大学で出来たお友達にりんご農園の方がいる、と言っていたからりんごクッキー作ってみました
 中にりんごジャムを入れて、ドライアップルを飾ってみたんです
 りんごのプロに食べてもらって、出来映えを聞いてみたいな、って下心もあったりします」
ひろせは可愛らしく舌を出し、大きめの包みを手渡してきた。
「ありがとう、早速明日学校に持って行って皆で食べてみるよ」
俺の言葉で、ひろせは華やかに微笑んだ。

そんな俺たちのやりとりを見て
「あー、もー、ひろせは可愛いなあ、マジ天使!」
しっぽやに、タケぽんの雄叫びが響きわたるのであった。
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