しっぽや5(go)

□里帰り〈 皆に触れる 〉・後編
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side<ARAKI>

ミイちゃんのお屋敷で過ごす2日目の朝、俺と白久はシャワーを浴びてから洗濯を始めた。
『流石に、このシーツ洗ってもらうの悪いもんな
 ついでに昨日着てた服も洗っちゃえ』
乾燥機付きの全自動洗濯機なので、俺にも使い方がわかるので助かった。
「せっかくだから乾燥機じゃなくて、外に干した方が良いかな?
 天気良いから、日に当てた方がサッパリしそう」
俺の言葉に白久は悩んでいる顔になった。
「ちょっと、外の様子を見てきます」
ドアに向かう白久を追いかけて俺も外に出てみる。
早朝の爽やかな気配とはいかないまでも、少し暖かな風が頬をくすぐり緑が目に鮮やかだった。

白久は少し上向き具合で空を見ている、というより何だか空気を嗅いでいるようだった。
町の匂いがしない山の空気を堪能してるのかと思っていたが
「天気が良いですが空気が少し湿気ってますね、昼頃に一雨来そうです
 しかし山の天気は変わりやすいですし、長くは降らないでしょう」
白久はそう言って微笑んだ。
「そっか、じゃあ時短になるし乾燥機使おう
 白久が居ると便利」
俺は感心して頷いた。
「いえ、街中のゲリラ豪雨には気がつけませんよ
 本当にあっという間に降り出しますから
 それに、山の天候の推移は久那の方が正確に嗅ぎ分けられます
 生前の死因に関係したとかで、ここにいる間は熱心に勉強していました
 陸と海も同様です
 橇(そり)犬だった陸は雨が降ると悪路になるし、漁船に同乗していた海は時化(しけ)ると命に関わると言っていました
 今は安全な場所で雨を楽しめて良いと、真夏の夕立の中、庭で転げ回って遊んだりしていますが」
白久はどこか遠い遠いところを見る目になった。
泥だらけの大型犬2匹、屋敷に入れる状態になるまで洗うのは相当重労働そうだった。

「じゃあ、乾燥コースに変更して、終わるまで朝御飯食べに行こうか
 この時間じゃ、もうブランチだけど」
「はい、何時でも飼い主と一緒に食べるご飯は美味しいですからね
 楽しみです」
俺たちは顔を見合わせて笑い合い、洗濯機のコースを切り替えると母屋に向かって行った。


母屋の玄関を開けると、ちょうどミイちゃんに出くわした。
「そろそろかな、と様子を見に行こうと思っていたの
 丁度良いタイミングね」
微笑むミイちゃんに
「こんな時間まで寝ててすいません」
俺は頭をかいて苦笑する。
「ゆっくりしてくれたなら、何よりよ
 今回は荒木と日野の『受験お疲れさま慰安旅行』みたいなものだから
 和泉と久那が来た時の定番ブランチを用意してあるの
 どうぞ、大広間へおいでください」
ミイちゃんに促されて大広間に向かうと、昨日と同じように人数分の膳が設えられていた。

「え?もしかして俺たちのこと待っててくれたの?」
全ての膳にオニギリが置いてあるのを見て、俺は慌ててしまった。
「いいえ、皆もう朝ご飯は食べたの
 これは、お客様が来たときだけの特別おやつよ
 荒木と白久はおかずも召し上がれ
 和泉によると『山で食べると美味しいお昼のNo.1』だとか
 久那が喜ぶからこれにしてくれ、って頼まれてるの
 久那は可愛がってもらっているのね」
ミイちゃんが置いてくれたお皿には、卵焼きとソーセージがのっていた。
炊事係の武衆が味噌汁が入った椀を皆に配り、『いただきます』の挨拶でブランチの始まりになった。


卵焼きは俺の知っているものと、色が違っている。
ほんのりオレンジ色のそれを口に入れると、濃厚な卵の味が口の中に広がった。
味付けは塩だけのシンプルなものだったから、余計に卵の旨味が感じられた。
「こんなに濃い卵、初めて食べた!」
感動する俺に
「地元で採れた新鮮な卵よ、放し飼いにしてあまりストレスをかけないよう育てているとか
 ソーセージも地元の物なの、ジューシーな肉汁が売りなんですって」
微笑むミイちゃんに促されソーセージを口にすると、あふれそうなくらいの肉汁が口内に流れ込んできた。
「!!!」
言葉が出ない俺を見て、ミイちゃんは満足そうだった。

オニギリは4個あって、わかりやすいよう具が少し上に乗っている。
シャケ、オカカ、こんぶ、ツナマヨ、どれも定番でご飯にぴったりだ。
まだほんのりと温かいオニギリが嬉しかった。
口の中でほろほろとほどけていくご飯は少し甘くて、具と混ざり合うと違った旨味が感じられる。
味噌汁は豆腐、ほうれん草、油揚げ、これもシンプルだけど組み合わせは最高だった。
こちらも地元産の物のだと教えてもらった。
お屋敷の化生達は山奥に隠れ住んでいるとばかり思っていたけど、地元の人ともきちんと交流してるようだった。

大満足のブランチを食べ終わる。
「白久、これで足りる?」
「荒木のより大きいオニギリなので大丈夫です
 オニギリの時は三峰様が握った物より、手の大きい大型犬が握った物の方が人気なんですよ」
白久は悪戯っぽそうに笑っていた。
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