しっぽや5(go)

□里帰り〈 川に触れる 〉・中編
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side<ARAKI>

GWを利用してミイちゃんのお屋敷を訪れた俺は、ランチを食べた後、白久と一緒に近くの散策に出かけていた。
観光地化されていない山の中だけど、白久と一緒だから道に迷う心配はなかった。
見渡す山の中は色々な緑色が溢れかえっている。
深緑、萌葱、新緑、黄緑、『緑』を表す言葉が多い理由が分かるような光景が広がっていた。

「凄いね、緑の洪水って感じ」
「三峰様がいらっしゃる影響もあると思いますが、ここは豊かな山です
 もっとも、冬は雪で真っ白になってしまいますが
 ゲンと交流を持った後に、車が乗り入れられる道も確保してあります
 きっちり舗装されているわけではありませんが、冬はその道を利用すれば麓(ふもと)までの買い出しが楽なようです」
「え?そんな広い道、気が付かなかったよ
 まあ、見てたのは白久の背中だけだったけど」
「私達が登ってきた道とは逆方向です
 一応、目眩(めくら)ましがかけられていて、普通の人間には見つけにくくしてあります
 勘の鋭い人間には効きが悪いようですが」
何だかマンガや小説の中に出てきそうな場所の話だ。

「タケぽんとかナリみたいな人なら来れるの?
 日野もそうなのかな」
「そうですね、しかし三峰様のかけた術ですから化生と共に暮らしていれば、日常感じている気配の一環として気付きやすくなると思います」
「俺でも、わかるかな」
つい、そう聞いてしまったのは『特別な能力』があるということに対する憧れがあったせいだろう。
「大丈夫ですよ
 最初のうちは長瀞や久那に道案内されていたゲンも和泉も、今は車で1人でも来ることが出来ます
 荒木も私の案内が無くても、いずれ1人で来れますよ
 緊急事態が起きたとき三峰様を伴って移動できる飼い主がいることは、私達化生にとって頼もしいことです」
白久は頷いて力強く言ってくれた。
「まずは、免許取得が先なんだけどね」
俺は苦笑するが、白久に頼られることが嬉しかった。


暫く歩くと、鳥の鳴き声や虫の羽音に混じって水の流れる音が聞こえてきた。
「荒木、この先の川で海(かい)が魚を捕っております
 きっと荒木は珍しがるだろうから来てみないか、と誘われているのですがいかがいたしますか?」
白久のその言葉でテンションが上がる。
「行く!魚捕ってるの見てみたい!白久も出来るの?」
「私はやったことがないのですが、荒木がお望みとあれば試してみます
 自分で捕った魚を荒木に食べていただけると考えると、やる気が出ますね
 新しいことにチャレンジしてみましょう」
俺たちはワクワクしながら道を下っていった。

川は俺が想像していたよりも幅があった。
「あちらの方は滝壺になっております
 落ちたら死ぬほどの高さの滝ではありませんが、上流で川に近寄る際は十分お気を付けください
 あそこから落ちて楽しむのは、武衆でもハスキーくらいしかいません」
白久はヤレヤレ、といった風に首を振った。
「うん、気をつける」
俺はここより上流の川を危険な場所として記憶に刻み込んだ。


下流の岸辺で海が網を投げているのが見えた。
引き上げても魚は1匹もかかっていない。
暫く首をひねっていた海はスニーカーと靴下を脱ぎ、ズボンの裾をまくり始めた。
「海、捕れましたか?」
白久が声をかけると
「昨日とは場所を変えたんだけど、かかんねえな
 明日は生け簀の鯉でも捌(さば)くか」
「難航している様ですね、私も手伝います
 何をすれば良いですか?」
「マジ?網張って追い立てようと思ってたんだ
 白久に追い立ててもらうと助かるよ」
海は嬉しそうに笑っていた。

「俺にも手伝える?」
犬達が楽しそうに川に入って行くのを見て、俺もちょっと入てみたくなった。
「じゃあ、白久と2人して追い立ててくれ
 その辺に落ちてる枝で川底の石を転がしたり、派手にバシャバシャ頼むぜ」
海はヒョイヒョイと石の上を移動していった。
海の指示により枝を拾って裸足になって川に入ってみたら、思ったよりも冷たい水が流れていて石はコケでヌルヌルしている。
ヨロヨロと進む俺の元に、直ぐに白久が近寄ってきて肩を抱いて補佐してくれた。

白久にも枝を渡し、2人で海に向かって音を立てながら歩いていく。
海が投げた網を引くと、今度は魚が数匹入っていた。
「やった、捕れた!」
川で魚を捕ったことのない俺は興奮してしまう。
「やりました、荒木との共同作業で捕れた魚です」
白久も嬉しそうにハシャいでいる。
「捕ったの俺だけど、ま、良いか
 その調子でじゃんじゃん頼む!」
海に言われるまま俺と白久は何度も川を歩き回り、十分な量が捕れたときには足がダルくなっていた。

海は捕った魚を入れていた網から小さなものを逃がしている。
「あんまチッコいの捕ると三峰様に怒られるんだ
 もっと育ってから俺の胃袋に来いよ」
川に向かって手を振る海の荷物から、白久がタオルを引き出して俺の足を拭いてくれる。
「お疲れさまです」
「楽しかった」
身支度を整えた俺たちは、大漁でホクホク顔の海と共にお屋敷に戻っていった。
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