しっぽや5(go)

□里帰り〈 山に触れる 〉・前編
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GWにミイちゃんのお屋敷に行くのは、和泉先生の提案があったからだ。
「自分の化生が一時とは言え、どんな所で暮らしていたか肌で感じることは良いことだと思うよ
 俺も最初は建物目当てで通ってたけど、久那が居た山の空気や気配を感じて清々しい気分になれたんだ
 アイデアに詰まると、リフレッシュさせてもらいに行ってる
 荒木と日野は新しい学園生活が始まって、何かと忙しない時期だから気分転換にも良いかと思ってね
 源泉掛け流しの温泉もあってコリもホグレるしって、君たちはまだそんなの感じないか
 俺と久那用に離れを建てたから、気兼ねなく夜も過ごせるぜ
 2人用のコテージって感じだし、交代で別々に行くのがお勧め」
和泉先生は二ヤッと笑って、最後の言葉を俺と日野に小声で告げた。

ミイちゃんのお屋敷は白久の第2の故郷みたいな場所なので、前から興味はあった。
それは日野も同じ様で
「行ってみる?」
「交代なら人員が一気に減るってほどじゃないもんな」
ヒソヒソ話し合って黒谷を見ると、すでに行く気満々の顔をしてカレンダーを睨んでいた。
「じゃあ、シロと荒木は1日〜3日まで、僕と日野は3日〜5日でどうかな
 せっかくだし、3日は皆でお昼でも食べようか
 昼の時間までには、着くようにするよ」
「良いですね、お屋敷に顔を出すだけとは言え、荒木との旅行はとても楽しみです
 和風のお土産は私たちが持って行きますので、クロは洋風をお願いします
 いえ、中華風の方が珍しがられますかね」
「確かに受けそうだ、被らないよう後で相談して中華にしよう
 向こうでゴマ団子でも揚げてみようかな」
具体的な計画を立て始めた愛犬を見て
「免許がまた遠のくけど」
「思い出の方が大事だぜ」
俺達飼い主は顔がゆるむのを止められないのであった。




5月1日、俺は最寄り駅で始発の電車を待っていた。
ナリが車で送ると言ってくれたが、滅多にないであろう白久と2人での旅行だからノンビリと電車で行くことにしたのだ。
「山の中だし、足りない物があっても気軽に買いに行けないよな
 旅館じゃないから売店もないし」
そう考え準備していたため、2泊3日の旅行の割に荷物が多くなってしまった。
蒔田が『山の寒さを舐めるな』と繰り返し言っていたので、上着の他に厚手の服も持ってきていた。
白久がナップザック1個とかで来たら、重装備すぎてちょっと恥ずかしいかも。
そんな考えは、白久に会って杞憂に終わった。

「荒木、おはようございます」
しっぽや最寄り駅から乗り込んできた白久は、海外旅行にでも行くのかというような大荷物だった。
「ウラがトランクを貸してくれたので助かりました
 住所不定だったときに使っていた物らしいです」
「白久、何持ってきたの?どうしよう、俺、何か足りない物あるかも
 って言うかウラって住所不定だったの?家出とかしてたのかな」
色々ビックリして、考えが上手くまとまらなかった。
「荷物のほとんどは食べ物です、お土産や荒木と食べるお弁当
 帰りには軽くなりますよ
 朝早くて朝食を抜いてきたのではありませんか?
 2度目の乗り換えの後は1時間以上電車の中なので、お弁当を召し上がってください」
朝が早くてゼリー飲料しか飲んできていないことを、白久はお見通しだった。
「ありがとう、楽しみ」
人が乗っていない車両だったので、俺は白久の頭を撫でて褒めてやる。
白久は嬉しそうに笑っていた。

終点から乗り換えて30分ほどで、また乗換駅に着く。
「三峰様のお屋敷最寄り駅まで行かず、途中で止まる電車があるのでご注意ください」
白久の言葉で、俺は駅のホームに張ってある時刻表を確認する。
「事前に乗り換え案内で調べておかなかったら間違ってたかも
 次の電車までの隔長いから、乗りそびれたら乗るの大変だね
 前に波久礼が変な駅で降りちゃって難儀したのわかるよ」
「あの時は、呼ばれたのだと思います
 波久礼は猫のピンチを察知するパワーが上がりすぎているから」
「ああ、うん」
俺達は2人して苦笑してしまった。
こんな風に白久と話しながら移動する旅はとても楽しくて、時間がかかっても電車旅行にして良かったと思うのだった。


新幹線ならまだしも電車の中で何かを食べるのは行儀が悪いと親父に教え込まれていたが、乗り込んだ電車は向かい合わせの席があって俺の知っている『電車』と少し違っていた。
白久と向かい合って座り、彼の作ってきてくれたサンドイッチを食べる。
「甘い紅茶もどうぞ、デザートにチョコはいかがですか」
お弁当にマイボトルにチョコ、白久の鞄は何でも出てくる魔法の鞄のようだった。
「俺もマイボトル持ってくれば良かった
 ミイちゃん家の方って、気軽にペットボトル買えなさそう」
駅から離れると車窓の風景は畑や田んぼ、山が広がっており、自販機すら見あたらなくなってきた。

「よろしければ、こちらをお使いください
 もう1本持ってきたのです
 これには温かい焙じ茶が入っております」
やっぱり白久の鞄は魔法の鞄だった。
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