しっぽや5(go)

□里帰り〈 山に触れる 〉・前編
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side<ARAKI>

大学での昼休み、俺は最初に出会った人達と一緒に学食に向かっていた。
出身地も趣味もバラバラだけど、変に構えなくて良い気さくさがお互い気に入っていたのだ。

「荒木、今日もソバ定?あんな濃い色の汁、よう飲めんなー」
呆れたように言う関西弁の彼は『吉田 久長(よしだ ひさなが)』
兵庫県出身で、大阪出身だと思われるのが本人的には引っかかるらしい。
ゲンさんくらいの身長だから外見的にはそこまで威圧感はないが、関西弁でまくし立てられるとちょっと言葉を挟み辛かった。
強引なところがあるけど、ちゃんと相手のことも考えている良い奴で、久長が居ると場が明るくなる。

「今日はうどん定にするつもり」
「あ、俺もうどんにしようかな、ここの麺類美味いよね」
長身で俺に上から笑顔を向けてくるのは『蒔田 明(まいた あきら)』
青森県出身のため、最初は自分の話す言葉が標準語かどうか気にしていたが、自由に話す久長に影響され前より気にすることが少なくなった。
りんご農家の息子ではあるものの、年の離れた兄が跡を継いでいるから自分はパッケージデザインをやりたいとデザイン科のある学校を選択したらしい。
そのしっかりとした志望動機に、滑り止め的な入学を果たした俺は複雑な心境になっていた。

「僕はA定かB定、メニュー見てから決めるつもり」
「何や自分、昨日もそないなこと言ってカレーにしてたやんか
 優柔不断なやっちゃなー」
「だって、カレーはあの匂いで食べたくなっちゃうじゃん」
頬を膨らませて抗議するのは『野坂 始(のさか はじめ)』
電車で通学できる圏内出身だが、俺の家とは真逆の方向なので感覚としては遠くから来ている人だった。
和泉さんくらいの身長だから、話すときの首の角度が一番楽な相手でもある。
野坂も身長のことは気にしているのか、最初に俺の頭から足先を見た後ホッとした表情を見せていたのは忘れない。
顔にありありと『勝った』と書いてあったからだ。
ミステリー小説が好きらしいので、桜さんと話が合いそうだった。

「匂いも味も良いカレーやけど、メニューに豚カレーって書いとけ、って話や
 最初に食べたとき、ビックリしたわ」
「関西の方は料理に牛肉が多く使われてるんだってね
 子供の頃に土産で豚まん貰ったとき、何で『豚』ってわざわざ書いてあるのか不思議だったな
 肉まんとは違うのかなって」
「豚肉使こてるから、豚まんやないか
 不思議って、何でやねん」
久長にど突かれているのは『大滝 近戸(おおたき ちかと)』
徒歩40分通学の地元民で、バイクを買うためにアルバイトに明け暮れる勤労青年だ。
身長185cm、イケメンで勉強ができて身体能力も高いが、それで自惚れる様子は全く見せず、気さくで飾らない、性格までイケメンだった。
高校では陸上をやっていたらしく、背の高い日野みたいな印象もある。(もっとも、日野ほど食べないが)
何より同じ黒猫飼いとして、猫自慢できる相手なのがお互い気に入っていた。


ランチを食べながらの話題は、GWの過ごし方についてだった。
久長と蒔田は地元に帰らず2人であちこち出かけてみる予定らしい。
「せっかくこっちに来たからさ、東京なんて修学旅行でしか行ったことないし」
蒔田が言うと
「なら、俺ものっかろ思てな
 ベタ中のベタ、マイタン、浅草の花やしき行ったろ」
カレーを食べながら久長が言う。
「浅草寺にお参りして、仲見世も行ってみよう」
「皆への土産は雷おこしやな」
強引な久長とおっとり気味の蒔田だが、良いコンビのようだ。

「僕は好きな小説が映画化されたから、観に行くつもり
 映画の尺であの話をどれだけ詰め込めたか、興味有るし
 映像と紙、媒体の違いで良い感じの差を付けてると最高なんだけど
 「白雪姫殺人事件」とか感心したよ
 映画を見たら本も読み返して…、って、これやってるから積ん読が減らないんだ」
結局ラーメンを食べている野坂が頭を抱えている。

「俺、邦画はあんまり見ないんだよね、洋画のアクション物が好きでさ
 でも、猫が好きな侍の映画は良かったなー」
猫が出てくるし、何より白久と観に行った思い出の映画だった。
「あの猫、可愛いよなー」
猫の話題に近戸が反応する。
「まあ俺は、GWはバイト三昧だけどな
 スーパーの稼ぎ時だから、休日に休めなくてさ
 学校休みだし昼から夜まで働くぜ」
「チカやん、偉いなー
 荒木もバイトしてんねやろ?やっぱ仕事三昧なん?」
皆の視線にさらされ
「仕事の合宿みたいな感じで、ちょっと山の方に行く予定」
俺はさりげなさを装ってそう答えた。
GWにミイちゃんのお屋敷に行くことになっているのだ。

「「仕事で山〜?」」
皆が怪訝な顔で俺を見る。
「デートやろ、自分、顔笑とるで」
「山はまだ寒いから、上着持って行きな」
「電波の届かない山荘で起こる、連続殺人!
 生き残って謎を解いてきてね!」
「遭難に備えて、うちのスーパーで非常食とか買う?」
好き放題に言われても白久と2人で旅行だと思うと、どうしても顔が笑ってしまう俺なのだった。
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