しっぽや5(go)

□変わるもの変わらないもの
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入学式の後は、何だかバタバタと慌ただしい時間が過ぎていく。
俺がしっぽやに顔を出しに行けたのは、入学式から1週間以上経った日曜日だった。


「やっと、ここに来れたー」
依頼人が来ていないのを良いことに、俺は事務所のソファーの背もたれに思いっきり寄りかかって延びをする。
「荒木、大学生活お疲れさまです」
俺の隣には恋人兼愛犬の白久が満面の笑みを浮かべ寄り添っていた。
メールは毎日していたし電話で声も聞いていたけれど、本人が側にいてくれるのは喜びの度合いが違った。
「白久、会いたかった
 バジル育ってる?」
「はい、スクスク育っております
 植物の成長というのは早いものですね
 ただ、摘芯はもう少し先になりそうです」
褒められ待ちの白久の頭を撫で、軽く唇を合わせると
「荒木、仕事中だぜ」
日野の注意が飛んでくる。
が、そう言う日野も俺の向かいのソファーに腰掛け黒谷の腕を自分の肩にかけさせて手を優しく撫でていた。
日野も久しぶりのしっぽやで、浮かれているようだ。

「そっちの学校、どんな感じ?
 割と新しいんだろ?建物キレイ?」
日野が興味津々な顔で聞いてくる。
「高校の時よりキレイで広いよ
 広過ぎて分けわかんない
 でも、移動でモタツいてると先輩が声かけてきて教えてくれる
 自分も去年は同じだったって言ってさ
 俺も、来年新入生が入ってきたら教えてやろうって思ったよ
 自由な校風だけど良い雰囲気の学校かも
 高校のときって校風が自由だからか、ちょっと怖い感じの先輩いたじゃん
 ほら、空手部の人とか」
最後は声をひそめて内緒話のように囁いた。
「ああ、まあな
 空手部っていっても、あいつら幽霊部員だったんだけどな」
日野は苦虫を噛み潰したような顔になる。
運動部同士、何か確執があったのかもしれなかった。

「で、これは日野に自慢出来ると思って写真撮ってきた
 うちの学校の学食、メニュー豊富で安くて美味いの!
 これでビニ弁ランチにおさらば出来るぜ
 寮住の奴とか、感激してたもんな」
俺はスマホを取り出してメニュー表の写真を日野に見せた。
「マジか!これとか、うちの学食より安いじゃん
 日替わりのボリューム定食?気になるー」
「昨日一緒に食べに行った奴が頼んだら、鶏唐5個、ロースカツ、大盛りカレー、サラダ、味噌汁の大ボリューム!
 俺はソバとお稲荷さんの定食だったから、鶏唐1個もらちゃった」
「ソバ定食って…荒木、最近食の好みがジジムサい」
「あそこの蕎麦汁、美味いんだ
 うどん用の汁はまた違う味で、学食なのに調理人の拘(こだわ)りが感じられるよ」
「うーむ、学食の事前チェックをしなかったのが悔やまれる
 うちは可もなく不可もなく、って感じだぜ
 あ、でも、カツ丼は美味かったなー」
俺は久しぶりにたわいない話で日野と盛り上がれて、高校時代に戻ったような楽しさを感じていた。
しっぽやは俺にとって確実に『帰ってくる』場所になっていた。


コンコン

ノックの後にタケぽんがドアを開けて事務所に入ってくる。
「あれ、先輩たち早い出勤ですね
 と言うか、お久しぶりです
 いや、そんなに久しぶりでもないのかな?
 今まで学校内で見かけたり事務所でも週2回以上顔合わせてたから、何かそんな気がしちゃって」
照れた顔で言うタケぽんの言葉に、俺と日野は少しハッとなった。
「俺も、凄く久し振りな感じがしてる
 どんな依頼があったかチェックしなきゃな」
「確かにね、何か変わったこととかあった?
 依頼のチェックもだけど、お茶棚も中を確認しないと」
変わらずにある気がしていたしっぽやも、日々変化は起こっているのだと気づかされた。

「変わったこと?何かあったかな…
 あ、中川先生が2年を受け持つことになりましたよ
 俺のクラスじゃないけど
 春休み明けに校庭の桜が1本、風に煽られて折れました
 校門の側に植わってたやつ
 何か病気だったらしく、根っこの方が腐ってたとか
 幸い怪我人は出なかったから、運動部とか今でも普通に校庭で練習してますよ
 それと、クラス替えでクッキーと一緒のクラスになりました
 昼にコンビニまで買い出し行ってくれるから、皆に頼られてます
 まあ、走って行くから炭酸とかデザートなんかは頼めないんですが
 パック牛乳もけっこーヤバい感じにシェイクされてたな
 んーと、後は…」
考え込むタケぽんに
「「しっぽやでの変わったことだって」」
俺と日野は同時に突っ込んで笑ってしまう。
突っ込みはしたが、自分が卒業した後の学校の様子を知るのもちょっと楽しかった。

「しっぽやで、って言うか、久那がカズハさんに髪を切ってもらってました
 和泉先生がニュー久那を自慢しに来ましたよ
 ひろせもどうだ、って誘われたけどあの長い髪が魅力の一つだし
 ああ、でも、短いのも見てみたい
 絶対似合う!」
身悶えし始めたタケぽんを見て
「通常営業だ」
俺と日野は頷き合うのであった。
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