しっぽや5(go)

□変わるもの変わらないもの
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side<ARAKI>

高校生活の残滓のような春休みが終わり、いよいよ大学生活が始まることになった。
入学式の日、さりげなく付いて来たがった親父を制し、俺は一人で学校に向かう。
白久には付いてきて欲しかったが、初日から周りに変に勘ぐられるのも何なので諦めることにした。

最近知り合うのは『化生』と言う共通項がある人が多かったため、全く接点のない人たちと一人で上手くやっていけるか、日野がいない状態で授業に付いていけるか、不安を感じることもある。
けれども、どんな人と知り合えるか、どんな知識を得られるか心配と期待は表裏一体だった。



大学の敷地は高校のものよりもずっと広い。
案内地図がなければ入学式が行われる講堂にたどり着くのも一苦労だったろう。
辺りを見回すと上級生は普通に歩いているが、新入生は地図を見ながらキョロキョロしている。
そのうちに地図組が寄り集まって移動を始めたので、俺もそれに混ぜて貰うことにした。

「同じ高校からここに来る奴居なくて、ちょっと心細かったんだ」
「俺も同じ
 つか、かなり遠くから来た田舎もんでさ
 俺の発音変じゃない?訛ってない?」
「平気平気、んなの気にすることあらへんって
 俺もこの辺出身ちゃうねん、ちゅーても、大阪出身でもあらへんで」
「学校見学で来たときはこんなに広い気がしなかったけど、実際自分が通うことになったら広いね
 万歩計付けて歩いたら1日2万歩くらいいくかも」
「僕、運動苦手だし構内移動だけで疲れそう
 インドア派なんだよね」
「俺ん家、中途半端にここに近いから40分かけて歩いてきてんのに、構内でも更に歩くってどうよ
 良い感じのバス路線、出来て欲しいっ!」
無難な感じの話題でそれなりに盛り上がりながら移動して行く。
講堂が近づくにつれ同じ様なグループが増えていった。

「俺は電車に乗ってる時間が長いかな
 でもここは、自宅から通える範囲だから助かってる
 バイト先も変えなくて済んだし」
俺はしつこいサークル勧誘回避のため、それとなくバイト中であることをアピールする。
「あ、俺も同じ、大学生になって遅い時間のシフトに変更できたから、少し時給上がる時間が増えたんだ
 家よりバイト先の方が学校に近かったりする」
40分かけて歩いて通学している彼が、親しげな笑顔を向けてきた。
俺は彼のグレーのジャケットに、見知ったものを発見した。
「黒猫飼ってる?」
そう聞くと驚いた顔になり
「何で分かったの?エスパー?」
大仰に声を上げたので、俺は注目の的になってしまった。

「違うよ、肩のとこ、黒猫の毛が付いてるよ
 猫飼いなら誰でもわかるだろ」
「え?あ、本当だ、出掛けにコロコロかけてきたのに
 いつの間にか服に付いてんだもんなー
 そう言う君も、ズボンの裾のとこ猫毛じゃない?」
「しまった、そういや出かける直前にすれ違ったっけ」
慌てて払おうとしたが、長毛のカシスの毛はしっかりと布地に張り付いていた。
「何や、抜け毛の多いやっちゃと思うとったら、猫かいな」
「エスパーって言うより、探偵っぽいよ
 ちょっとしたヒントから推理するって格好いいじゃない
 僕、ミステリーけっこう読むけど気が付かなかったなー」
「猫飼いかー
 俺、実家では犬飼ってんだ
 夏休みに帰省するまで会えなくて寂しいや」
猫の話題から、少し親睦が深まった気がする。
気負わず付き合えそうな感じの人たちと最初に知り合えてホッとした。


講堂にたどり着くと、すでに多くの人が着席していた。
席の指定は無かったので、新入生用の椅子に一緒に移動してきたメンバーで固まって座る。
入学式では何人かの偉い人(多分)の話の後、構内での注意や案内、クラス分けの説明があった。
1年生は一般教養がメインで多くのクラスがあるわけではないせいか、俺達は全員同じクラスだった。


入学式の後は教室に移動して名前と出身校、趣味などを紹介する。
大学なのに何だか高校青春ドラマの一幕のようで可笑しくなった。
「野上 荒木、3こ隣の市の新地高出身です
 猫飼ってますが犬も好きです」
俺は無難な自己紹介をしたが、少しの下心もあった。
犬猫好きをアピールすれば同じ犬猫好きの人と知り合えて、その人が化生の飼い主になるかもしれない。
ゲンさんの言う『新しい風』を積極的に吹かせられないかと思ったのだ。
人数が多すぎて一気にクラス全員の名前や顔は覚えきれなかったが、一緒に移動してきた人たちの名前と顔は覚えることが出来た。

今後受講するゼミによって頻繁に顔を合わせるかどうかは分からないが
「これからよろしく」
「こっちこそよろしくな」
俺達は帰る前に学食のカップコーヒーで今日の出会いに乾杯した。


こうして俺の大学生活は、新しい人間関係と共に無事にスタートを切るのだった。
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