しっぽや5(go)

□イメージチェンジ
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久那の髪に別れを惜しんだ翌日、俺達は計画通りに仕事を早めに切り上げデパートで色々買い込んで影森マンションに向かっていった。
歩いて移動するのは時間がかかっても、久那と一緒だと苦にならない。
それにスケジュールに押され車で移動するより、贅沢に時間を使っている気がした。

「最近の俺達、しっぽやへの配達業者みたいだ
 久しぶりに化生の飼い主が側にいる状況で浮かれてるっぽい」
思わず笑ってしまった俺に
「和泉が他の飼い主と上手く付き合えてるからだよ
 皆と仲良くできることは、集団の中では重要なことだ」
久那は真面目な顔な顔で答える。
「デザイナー業界では変わり者の俺も、化生の飼い主の中では普通だもんな
 気負わなくて良い場所があるのは、俺にとって大きな支えになるよ
 久那のこと真に自慢できる相手が居るのが1番大きいかな?
 久那がイメチェンしたらしっぽやに顔出しに行って、皆を驚かせよう」
「また、モデルとしての俺の価値が上がるね」
俺達は空の部屋にたどり着くまで、取りとめのない楽しい会話を続けていた。


ピンポーン

久那の気配で空には俺達が来たことは分かっているだろうが、礼儀としてチャイムを鳴らす。
直ぐにドアが開き空とカズハが俺達を迎え入れてくれた。

「今日はよろしくね、これお礼の第2弾
 カット終わったら宴会しよう!ここを宴会場代わりにしちゃって悪いけど
 フルーツワイン買ってきたんだ、これならカズハもいけるんじゃない?」
俺は買ってきたものを差し出した。
「わざわざありがとうございます
 ご期待に添えるカットが出来れば良いんですが」
モジモジしているカズハを安心させるため
「大丈夫、失敗したら空にうちの力仕事やらせて責任とらせるから」
俺はそう言ってウインクする。
「カズハの役に立てるんだ、嬉しいな、空?」
「マジ?俺、何でもやるよ
 愛玩犬だからモデルだって出来ると思うんだ」
飼い主の役に立てそうだとウキウキしている空に
「撮影機材全部運ばせたら、カメラマンの皆が楽できて良いね
 壊されなければ、だけど…」
久那が苦笑して呟いていた。

「空には、今日も仕事をして欲しいんだ」
俺は持ってきた袋の中身を取り出した。
「じゃじゃーん、丸ハム〜」
両手に掲げ青いロボット猫のように言ってみる。
「おー!!2本もある」
空の瞳が輝いた。
「これを、カズハの仕事が終わるまでに調理しておくこと
 飼い主の好みに合わせるか、自分の好みに合わせるかは自由
 どうだ?できるか?」
2本のハムを受け取って
「やる!頑張る!2本一気に使って良いの?」
空は飼い主と俺の顔を交互に見比べている。
俺が頷くと
「空、2本分お願い
 和泉さん、ありがとうございます」
カズハは律儀に頭を下げた。
「こっちのツマミや飲み物は冷蔵庫に入れておいて
 今日の宴会幹事は、空にお任せだ
 テーブルの上を空のセンスで満たしておいてくれよ」
俺に言われ空は荷物を持つと、意気揚々とキッチンに消えていった。

「よし、これで空に余計な手出しをされる心配はなくなった」
「黒谷のハム情報、役に立ったね」
頷きあう俺と久那を見て、カズハは直ぐに察したようだ。
「責任重大だなー」
苦笑するカズハに
「カズハのセンスなら大丈夫、犬を磨き上げることには長(た)けてるもの
 店に置いてあったカット見本帳のカズハが担当した犬、決まってたよ」
俺は安心させるよう太鼓判を押した。


リビングは空が宴会の準備をしているので、カットはカズハの自室になる予定の部屋ですることにした。
まだ引っ越してきてないらしいが、本棚やテーブル、デスクが揃っている。
「ナリの引っ越しを手伝ったときに、少しずつ運んでおく方が楽だなって思って今から荷物を移動させてるんです
 最近はこっちに泊まることも多いし」
照れた顔で説明するカズハは、初々しい感じで微笑ましい。
『久那は荷物をアパートに置いてきたし、引っ越しなんて大仰なことはしなかったっけ
 久那が持ってきた物は俺が買ってあげた服だけだったな』
つい、自分と久那が同棲し始めた頃を思い出してしまった。

「じゃあ、久那、この椅子に座って」
カズハの指示で下に新聞紙が敷かれている椅子に久那が座る。
「流石にこれがないと服が毛だらけになるからね
 姉が両親の髪をカットをするときに使ってたの、貰っといて良かった」
カズハは久那の首にカット用のクロスを掛け
「写真が載ってる雑誌、見せてもらって良いですか」
そう俺に話しかけてきた。
俺は鞄からファッション誌を3冊取り出して、付箋が付いているページを示していく。
事前に電話して髪型候補を伝えてあるが、やはり写真を見せた方が分かりやすいだろう。
カズハは熱心に写真を見つめ、自分の中でイメージを作っている。
それは自分の中の感覚を形にしたいと思う、俺と同じクリエイターの顔だった。
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